スポーツ

2016年6月 9日 (木)

私は故国、日本帝国女子を代表したのではないのだ

『日本の選手が実力が出せないのは故郷の人々が勝負に囚わりすぎるからだ』『罪深き世の人よ』
『私は故国、日本帝国女子を代表したのではないのだ』『人見、個人としてプラハに行ったのだ』

       (人見絹枝『ゴールに入る』より)
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人見絹枝さん

1907年岡山県生まれ1931年8月2日死亡
オリンピックが始まった当初は、女子選手の参加は認められていなかった。陸上競技に、女子選手が参加したのは1928年の第9回アムステルダム大会。そのとき日本選手団のたった一人の女性が陸上選手の人見絹枝だった。彼女は、見事銀メダルを獲得。 193096日 万国女子オリンピックプラハ大会に人見絹枝を先頭に6人の日本女子選団が参加。日本チームとして結果を残すことにこだわった。400㍍リレーに掛け、結果は4位入賞。人見絹枝の夢が実現した。

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happy01 中村桂子(なかむらけいこ)さん 生命誌研究者発言から

 チームとしてがんばらなければいけなくなりますよね。そうなった時に世間が、やっぱりより目立ってくると厳しくなってくる。
 人見絹枝が書いたものがとっても文章が上手で大好きで読んでいると、前向きで前向き、前向き、いつも書いて、それから先駆者であるがために、国のこともよく考えて世間のことも考えて、そうやって広げていこうとやってるんですけど、このプラハの時だけちょっとびっくりするようなことを書いてるんですよ。
『日本の選手が実力が出せないのは故郷の人々が勝負に囚わりすぎるからだ』『罪深き世の人よ』みたいに書いてるんですよ。それといっしょに、自分のことも『私は故国、日本帝国女子を代表したのではないのだ』『人見、個人としてプラハに行ったのだ』
(人見絹枝『ゴールに入る』より)
 勝てよ勝てよというようなのは自分だけのことじゃなくて、若い人にまでいくのが彼女は自分に言われるよりつらかったんでしょうね。
 初めてわたしここで、人見個人でやったんだよってようなことが言えたのは私としては「そうでしょう人見さん」って言いたいところもあるんですよ。


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NHKBSプレミアム 6月9日
英雄たちの選択「目指せ!“なでしこ”たちの祭典~人見絹枝の決断~」の再放送を見ました。

 人見絹枝さんのことは知っていましたが、深くは知りませんでした。
人見絹枝さんが岡山県の出身で、日本のスポーツ女子界で先駆的役割を果たした時代が1928年~1931年にかけてであることを知り、中村桂子さんの紹介で個人の発展を願い続けた先駆者であったことを知り感銘を受けました。
 中村桂子さんの紹介は他の出演者からも共感の声が寄せられていました。

 1928年は男子の普通選挙が実施され、同時に治安維持法による見本共産党への大弾圧が行われた年でもありました。
 人見絹枝さんは24歳の若さで1931年8月2日に亡くなりました。日本が中国への全面侵略戦争をはじめた年でもありました。

 私は中村桂子さんを知らなかったので、ネット検索し、中村桂子さんという人の姿を少し知ることとなりました。
 中村桂子さんのホームページを紹介させていただきます。次をクリックするとご覧になれます。
http://www.brh.co.jp/communication/hitokoto/

 

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2013年1月 5日 (土)

第89回東京箱根往復大学駅伝競走  1月2日~3日

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(総合優勝のテープを切る、日体大谷永雄一選手-4年生)

clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 
毎年、箱根駅伝を見るのが楽しみになり定着してきています。
今年は、日本体育大学が安定した走りで、30年ぶり10回目の総合優勝と往路優勝を果たしました。復路は駒澤大学が優勝しました。
 2日間にかけてのチームによる競技で、ほんのわずかな自然環境の変化や、選手の調子や思わぬアクシデントが起きたりします。その中で勝利するために力を合わせる大学生たちの姿に新しい感動が生まれます。
 私は、テレビにかじりつきで全部見るわけではなく、選手たちには申し訳ないのですが、ここは面白いのではと思う区間を選んだりしています。

● 東日本大震災被災地出身の
  学生たちが今年も希望を発信

 

 20チームが参加しているので、選手の中には被災地出身の学生が何人もいるのではないでしょうか。
 昨年は東洋大の柏原選手が福島への思いを胸に箱根路を快走しました。
きっとだれか、そういう選手が今年も出場しているのではないだろうかというのが、私の一番の関心事でした。

 8区で高橋宗司選手、及川佑太選手が活躍

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(8区、区間賞の青学・高橋宗司選手-2年生)

青山学院大学 高橋宗司選手(2年生・宮城県東松島市・区間賞)
中央学院大学 及川佑太選手(2年生・宮城県石巻市)
よく調べればもっと何人もの選手がいるのではないかと思うのですが。

 放送で青山学院大学の高橋宗司選手のことを知り、ネットでも調べ、高橋宗司選手の大学に入学してからの2年間について知りました。

(2011年12月21日 スポ-ツ報知から)
 「姉ちゃんのために走るなんて言いたくない。気の強い姉ちゃんだから、弱みになるって、きっと天国から怒られる。だから、チームのために走りたい」そう心に言い聞かせている。

 あの「3・11」。東京・町田市の合宿所に入寮して1週間後、東日本大震災が発生。宮城・東松島市野蒜(のびる)地区にある実家が津波に襲われた。海岸線からは約3キロの距離だった。数日後、姉・沙織さんの悲報が届いた。22歳という若さだった。4月には宮城県内の高校に着任する予定で、実家には一時帰省していたという。「宗司、本当に応援してるからね!」。入寮前日の3月3日の夜、出発する際に送られたエールが「姉ちゃんと交わした最後の言葉になった」

 元中距離選手で「箱根駅伝オタク」だったという姉の背中を見て、高校から陸上を始めた。利府高2年の6月、原晋監督(44)のラブコールを受け青学大への進学を決意。「姉ちゃんは早稲田ファンだったけど、すごく喜んでくれた」と振り返る。ショックで夏まで走ることができなかった高橋を勇気づけたのは、原監督の言葉だった。「今、お前に何ができる? 走ることだろ。お姉さんへの恩返しと思って、できることをやりなさい」

happy01 放送の中で紹介されていましたが、高橋宗司選手の11年度は苦渋の時期だったようです。1000人を超える人たちからの励ましなどの中で、本来の高橋宗司に立ち返ることができたそうです。

天国の姉に贈る区間賞

 箱根駅伝が大好きだった天国の姉に贈る快走だった。
 

高橋宗司(2年)選手が、初の箱根路で区間賞に輝いた。向かい風をものともせず淡々と足を進め、1時間6分46秒。昨年の2区出岐に続く同校史上2つ目だ。部内でも地味な存在という高橋は「奇跡が起きてしまいました」とびっくり。原監督は「たいしたもんだ」とたたえた。

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 高橋選手は区間賞こそ取ったが、順位を上げられず、「来年はチームに貢献できる走りを」と決意を新たにしていた。

 東松島市の震災復興本部に勤務する父の宗也さん(50)は16キロ過ぎの沿道で応援。Img_2954
(お父さんとお母さんが応援に)
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(腕にはお姉さんの沙織さんの遺影をしっかり)
「やつの走りに負けず、前に進みたい」と復興への思いを新たにした。沙織さんの遺影を手にした母の千賀子さん(51)は「走っている姿を見せられてよかった」と目を潤ませた。「(両親らの姿は)見えなかったけど、いるのは知っていたから」。息子は“3人”の家族とチームメートのため、前へと走り続けた。

 高橋が聞いた姉の最後の言葉は「宗司、本当に応援しているからね」だった。「姉ちゃんは今頃大騒ぎしていると思う。帰ったら、いつもより長く知らせたい」と墓前報告することにしています。

5区 箱根の山登りに新星

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(往路、トップでテープを切る服部翔太選手-3年生)

 「山の星」めざす服部翔太(日体大・3年生・キャプテン)選手が最優秀選手に選ばれました。柏原選手を想起させるような走りで、日体大の往路優勝と総合優勝に貢献しました。
自ら「山の星」と命名し、「少し大きいことを言うが、来年は柏原さんの区間記録に挑戦したい」と意欲を示しています。

襷(タスキ)を繋ごうとする姿が胸をうつ
 
9区、3位でスタートした明治大学の松井智靖選手(2年生)が10区中継地に近づいた時に、走りに蛇行が始まり、次々に追い越されてはじめ、これでは襷(タスキ)を繋げるのだろうかとドキドキ不安になってきました。それでも、沿道からは盛んな声援が寄せられ、10区で襷を渡すと倒れこんで、医療班の手当てを受けていました。脱水症状になったのだそうです。

 毎回、こうした光景を思わぬところで見ることがあります。棄権せざるを得ないチームが生まれます。繰り上げスタートで、記録をとれないチームも生まれます。10位までのシード校争いなど・・・。青春の熱き思いに胸が熱くなります。

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(沿道に被災地応援のプラスーが)
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(こんな最後のデットヒートも)
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(総合優勝した日体大チーム=監督、キャプテンといっしょに谷永雄一選手のゴールを待つ姿がほほえましく思えました)






 

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2012年10月24日 (水)

川島永嗣選手と仏国営テレビ不適切発言   10月24日

2012年10月19日付け
サッカー日本代表ゴールキーパー
川島永嗣選手のブログより一部を引用させていただきます。

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(フランス戦で見事な防御をくりかえした川島永嗣選手)
clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

欧州遠征を振り返る前に、

フランスのテレビ番組で、
福島のことを冗談にしていたことについて

正直、昨年の出来事からこういった出来事がまた起こってしまったことは非常に残念です。
昨年の出来事の後実際に福島にも行かせてもらって、見えないものと闘いながらも、協力しながら前向きに生活している福島の方達、子供たちを見て、改めて日本人のメンタリティって本当に素晴らしいということを感じさせられました。
ただただ被害者でしかない彼らが、ああいった形で冗談にされるのは本当に残念で悲しいし、海外でも日本でも起こってほしくないことです。
この機会にもう一度こちらの人にもしっかりと現状を理解してもらうためにも、日本人としてはっきり意見をいっていかなければいけないと思うし、そういった意味も兼ねて今日はチームで会見を開いてもらいました。
サッカーでは、僕らはまだまだ進歩していかなければいけない部分がたくさんありますが、
日本人の相手を尊敬する姿勢、協力して何かを成し遂げる姿、繊細さ、こういったメンタリティは本当に世界に誇れるものだと思います。
でも、どんなことも自分達がしっかりと主張していかなければ、周りの人たちには認めてもらえないというのも現状です。
だからこそこれからも、自分が納得できないことに対しては、納得できないとはっきり伝えていくことも、これから僕達が表現し続けていかなければいけないことなのかもしれません。
今回のことで不快に感じた方々、今回の件は本当に残念ですが、それでも気持ちを強く持ってこれからも共に進んで行きましょう。
以前ブログでも書きましたが、ベルギーの中でも被災地の学生達を招待したり、海外でも多くの人達が協力的だということも忘れないで下さい。
・・・・・・・
・・・・・・・

★ 私がこの川島選手のブログを読んだのは10月20日(土)でした。

 
読む前からサッカー男子日本チームとフランスとの対戦で日本が1対ゼロで勝利し、川島選手が活躍し、フランス国営テレビで司会者が川島選手の4本腕の画像と「福島」をやゆする不適切発言をしたことを知っていました。
 「しんぶん赤旗」10月20日付スポーツ欄「鼓動」で川島永嗣選手のブログを知り読ませてもらいました。川島選手の行動を知り、胸を撃たれました。今、私たち日本人に共通して求められていることを川島選手が態度で示してくれていると感じたからでした。すばらしいと思いました。
 
 それで、自分の目で事の経過を知ろうとネットで検索しましたが、なかなかまとまった記事が見当たりませんでしたが、各種情報を総合してみて、川島選手のブログ記事にまとめられているように思いました。

happy02 フランス国営テレビ司会者の態度と世論
川島永嗣選手の腕4本の合成映像と司会者発言

川島永嗣選手は10月12日夜、サッカー日本対フランスの試合で好セーブを連発し、相手チームを完封するなど、日本がフランスから初勝利を挙げる原動力となっていた。

10月13日夜に放送された番組の司会者、ローラン・リュキエ氏は、12日に日本が1-0でフランスに勝利した試合に触れ「日本には素晴らしいGKがいた」と述べた。
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(川島永嗣選手の合成写真=なぜこんなことまでしなければならないのか)
 しかし、直後にスクリーンに川島の合成写真が映し出され「私は福島の影響ではないかと思う」と発言。スタジオの一般参加視聴者から拍手と笑いが起きた。
司会者が「日本のゴールキーパーは非常にすばらしかったが、疑わしい点がある」と指摘しました。そのうえで、川島選手に腕が4本ある合成写真を紹介するとともに、「原発事故の影響があったとしても、私は驚かない」と発言

問題の番組の動画。18:50すぎから川島の話題。

  在フランス日本大使館の対応
在フランス日本大使館は10月16日未明、同テレビに対し「(東日本大震災や原発事故の)被災者の心情を傷つけるもので遺憾。強く抗議する」とする文書を送達した。

  欧州メディアも批判
これに対し、川島が普段プレーするベルギーの有力紙ルソワールは「行き過ぎ発言か?」と報道、フランスのインターネットメディアも「趣味の悪い冗談」などと批判的に取り上げた。

  フランス側は抗議を受けて謝罪
フランス国営テレビ「フランス2」が番組中、サッカーの日本代表GK川島永嗣選手を東京電力福島第1原発事故と結び付けてやゆし、日本大使館が抗議した問題で、フランス2のジャン・レベイヨン社長は16日、「おわびの意を表する」などとした謝罪文書を日本側に送った。
レベイヨン社長は訪仏中の玄葉光一郎外相と日本大使館に送付した文書で、番組の司会者が「決して日本と福島第1原発事故の被害者に失礼なことをするつもりはなかった」と釈明。日本に敗れた仏代表をからかう意図だったと強調した。

  昨年フランスでプレイしていた川島は、
  同じくフクシマと揶揄されたことも

現在、川島はベルギーリーグ、スタンダール所属だが、リールスでプレーしていた昨年8月にも同国リーグの試合で相手チームのサポーターから「カワシマ、フクシマ」などとやじを飛ばされ、川島は抗議の態度表明をした。
相手チームはベルギー・サッカー協会から3万スイスフラン(約254万円)の罰金を科された。

  フランステレビ司会者が再び暴言
 「フランスのテレビのことを決めるのは日本人じゃない!」

             2012年10月22日 15時00分

以前の記事で、フランス国営放送のテレビ司会者が、福島原発事故を揶揄(やゆ)するような発言をして、物議をかもしたことをお伝えした。この司会者、ローラン・リュキエ氏の発言問題に駐フランス日本大使館は文書で抗議し、政府藤村修官房長官も不快感を示したのだが、彼が再び暴言を発していたことが判明した。
ローラン氏はラジオ局「Europe1」で、日本側に抗議されたことに触れ、「(問題になった発言で)日本人も福島の犠牲者も侮辱したつもりはない」と反論。そして「フランスのテレビ放送がやることを、決めるのは日本じゃない!」としたうえで、「正気じゃない!」と猛烈に抗議した。さらに次のように表現して、とるに足らないことと言い放った。
 「(日本の抗議は)コップのなかの津波」この言葉は、「コップのなかの嵐」をもじったもので、「はたから見ればとるに足らないこと」を意味する表現だ。当初の発言については、すでにテレビ局側が日本大使館に謝罪している。ところが当のローラン氏は反省どころからさらなる火種を投じたような状態だ。

delicious  僕がどう考えているか、しっかり主張をする
        川島永嗣選手の記者会見から

【リエージュ(ベルギー)日刊スポーツ・益子浩一10月18日発】

 日本代表のGK川島永嗣(29=スタンダール)が当地で、所属クラブの記者会見を開いた。フランス国営テレビが、川島の腕が4本ある合成写真を映し「福島(第1原発事故)の影響」と発言したことに対して「冗談にもならない」と反発。さらに「福島には、いまだに家に帰れない人もいるんです。世界中の人々が日本を救って欲しい」と訴えかけた。
 初冬を迎え周囲の木々が紅葉した練習場から会見室に入ってくると、川島はしっかりした口調で語った。日本代表として出場した12日フランス戦後、フランス国営テレビが、自身の腕が4本ある合成写真を放送。司会者が「福島(第1原発事故)の影響ではないか」と発言したことは現地でも大きな波紋を呼んでいる。)
12102202
(記者会見の川島永嗣選手)
【川島】 私たち日本人にとって、それは冗談では済まされないことです。非常に悪いジョークだ。福島には今でも家に帰れない人がいる。家を失ってしまった人もいる。私だけでなく、日本にとって、重要な問題なのです。世界中の人々に、日本を救って欲しい。

(被災地の光景が浮かんだのだろう。英語で話すと感極まった表情になり、目頭を熱くした。昨年夏に仙台、冬には原発から近い福島県相馬市、今夏にも岩手を訪問。帰国すれば、必ず被災地へ足を運ぶ=記者の言葉)

【川島】 原発の被害は、目に見えるものではない。常におびえている人がいる。子供たちは外で遊ぶこともできず、心おきなく(サッカーの)練習もできない。当たり前のことが、当たり前にできない。復興だけでなく、心の傷は簡単には癒えないのです。

(この日の会見は、自ら希望して開いた。自分の口で言いたかったのだという。)

【川島】 今回の出来事は、日本人がどうあるべきかを示す機会にもなる。僕がどう考えているか、しっかり主張をする。今まではなかったことかも知れませんが、これからの日本人はどうあるべきか。それを伝える責任がある。サッカー以外でも、行動を起こしたい。

(最後に、被災地への思いも残した。)
【川島】 常に一緒だということを忘れないでほしい。日本人のメンタリティーは世界に誇れるものですから。

(遠いベルギーから発信した言葉の数々。それは、心から伝えたい思いだった。)


happy01 東日本大震災直後の3月20日に
  フランスのレンヌで救援募金活動
 
フランス国営テレビ司会者の発言は不適切発言で残念で反省すべきだと思います。
私の頭に浮かんだのは、フランスの国民性ってこんなことを許さないのではないだろうかという思いでした。
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(2011年3月20日 フランスレンヌで)
 なぜならば、大震災後の3月20日にはフランスのレンヌで留学中の日本、韓国、アメリカの学生の支援募金の呼び掛けにフランスの人々が募金や折りヅル、メッセージなどさまざまな行動で積極的に行動してくれたことが思い出されたからでした。

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川島永嗣選手と仏国営テレビ不適切発言   10月24日

2012年10月19日付け
サッカー日本代表ゴールキーパー
川島永嗣選手のブログより一部を引用させていただきます。

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(フランス戦で見事な防御をくりかえした川島永嗣選手)
clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

欧州遠征を振り返る前に、

フランスのテレビ番組で、
福島のことを冗談にしていたことについて

正直、昨年の出来事からこういった出来事がまた起こってしまったことは非常に残念です。
昨年の出来事の後実際に福島にも行かせてもらって、見えないものと闘いながらも、協力しながら前向きに生活している福島の方達、子供たちを見て、改めて日本人のメンタリティって本当に素晴らしいということを感じさせられました。
ただただ被害者でしかない彼らが、ああいった形で冗談にされるのは本当に残念で悲しいし、海外でも日本でも起こってほしくないことです。
この機会にもう一度こちらの人にもしっかりと現状を理解してもらうためにも、日本人としてはっきり意見をいっていかなければいけないと思うし、そういった意味も兼ねて今日はチームで会見を開いてもらいました。
サッカーでは、僕らはまだまだ進歩していかなければいけない部分がたくさんありますが、
日本人の相手を尊敬する姿勢、協力して何かを成し遂げる姿、繊細さ、こういったメンタリティは本当に世界に誇れるものだと思います。
でも、どんなことも自分達がしっかりと主張していかなければ、周りの人たちには認めてもらえないというのも現状です。
だからこそこれからも、自分が納得できないことに対しては、納得できないとはっきり伝えていくことも、これから僕達が表現し続けていかなければいけないことなのかもしれません。
今回のことで不快に感じた方々、今回の件は本当に残念ですが、それでも気持ちを強く持ってこれからも共に進んで行きましょう。
以前ブログでも書きましたが、ベルギーの中でも被災地の学生達を招待したり、海外でも多くの人達が協力的だということも忘れないで下さい。
・・・・・・・
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★ 私がこの川島選手のブログを読んだのは10月20日(土)でした。

 
読む前からサッカー男子日本チームとフランスとの対戦で日本が1対ゼロで勝利し、川島選手が活躍し、フランス国営テレビで司会者が川島選手の4本腕の画像と「福島」をやゆする不適切発言をしたことを知っていました。
 「しんぶん赤旗」10月20日付スポーツ欄「鼓動」で川島永嗣選手のブログを知り読ませてもらいました。川島選手の行動を知り、胸を撃たれました。今、私たち日本人に共通して求められていることを川島選手が態度で示してくれていると感じたからでした。すばらしいと思いました。
 
 それで、自分の目で事の経過を知ろうとネットで検索しましたが、なかなかまとまった記事が見当たりませんでしたが、各種情報を総合してみて、川島選手のブログ記事にまとめられているように思いました。

happy02 フランス国営テレビ司会者の態度と世論
川島永嗣選手の腕4本の合成映像と司会者発言

川島永嗣選手は10月12日夜、サッカー日本対フランスの試合で好セーブを連発し、相手チームを完封するなど、日本がフランスから初勝利を挙げる原動力となっていた。

10月13日夜に放送された番組の司会者、ローラン・リュキエ氏は、12日に日本が1-0でフランスに勝利した試合に触れ「日本には素晴らしいGKがいた」と述べた。
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(川島永嗣選手の合成写真=なぜこんなことまでしなければならないのか)
 しかし、直後にスクリーンに川島の合成写真が映し出され「私は福島の影響ではないかと思う」と発言。スタジオの一般参加視聴者から拍手と笑いが起きた。
司会者が「日本のゴールキーパーは非常にすばらしかったが、疑わしい点がある」と指摘しました。そのうえで、川島選手に腕が4本ある合成写真を紹介するとともに、「原発事故の影響があったとしても、私は驚かない」と発言

問題の番組の動画。18:50すぎから川島の話題。

  在フランス日本大使館の対応
在フランス日本大使館は10月16日未明、同テレビに対し「(東日本大震災や原発事故の)被災者の心情を傷つけるもので遺憾。強く抗議する」とする文書を送達した。

  欧州メディアも批判
これに対し、川島が普段プレーするベルギーの有力紙ルソワールは「行き過ぎ発言か?」と報道、フランスのインターネットメディアも「趣味の悪い冗談」などと批判的に取り上げた。

  フランス側は抗議を受けて謝罪
フランス国営テレビ「フランス2」が番組中、サッカーの日本代表GK川島永嗣選手を東京電力福島第1原発事故と結び付けてやゆし、日本大使館が抗議した問題で、フランス2のジャン・レベイヨン社長は16日、「おわびの意を表する」などとした謝罪文書を日本側に送った。
レベイヨン社長は訪仏中の玄葉光一郎外相と日本大使館に送付した文書で、番組の司会者が「決して日本と福島第1原発事故の被害者に失礼なことをするつもりはなかった」と釈明。日本に敗れた仏代表をからかう意図だったと強調した。

  昨年フランスでプレイしていた川島は、
  同じくフクシマと揶揄されたことも

現在、川島はベルギーリーグ、スタンダール所属だが、リールスでプレーしていた昨年8月にも同国リーグの試合で相手チームのサポーターから「カワシマ、フクシマ」などとやじを飛ばされ、川島は抗議の態度表明をした。
相手チームはベルギー・サッカー協会から3万スイスフラン(約254万円)の罰金を科された。

  フランステレビ司会者が再び暴言
 「フランスのテレビのことを決めるのは日本人じゃない!」

             2012年10月22日 15時00分

以前の記事で、フランス国営放送のテレビ司会者が、福島原発事故を揶揄(やゆ)するような発言をして、物議をかもしたことをお伝えした。この司会者、ローラン・リュキエ氏の発言問題に駐フランス日本大使館は文書で抗議し、政府藤村修官房長官も不快感を示したのだが、彼が再び暴言を発していたことが判明した。
ローラン氏はラジオ局「Europe1」で、日本側に抗議されたことに触れ、「(問題になった発言で)日本人も福島の犠牲者も侮辱したつもりはない」と反論。そして「フランスのテレビ放送がやることを、決めるのは日本じゃない!」としたうえで、「正気じゃない!」と猛烈に抗議した。さらに次のように表現して、とるに足らないことと言い放った。
 「(日本の抗議は)コップのなかの津波」この言葉は、「コップのなかの嵐」をもじったもので、「はたから見ればとるに足らないこと」を意味する表現だ。当初の発言については、すでにテレビ局側が日本大使館に謝罪している。ところが当のローラン氏は反省どころからさらなる火種を投じたような状態だ。

delicious  僕がどう考えているか、しっかり主張をする
        川島永嗣選手の記者会見から

【リエージュ(ベルギー)日刊スポーツ・益子浩一10月18日発】

 日本代表のGK川島永嗣(29=スタンダール)が当地で、所属クラブの記者会見を開いた。フランス国営テレビが、川島の腕が4本ある合成写真を映し「福島(第1原発事故)の影響」と発言したことに対して「冗談にもならない」と反発。さらに「福島には、いまだに家に帰れない人もいるんです。世界中の人々が日本を救って欲しい」と訴えかけた。
 初冬を迎え周囲の木々が紅葉した練習場から会見室に入ってくると、川島はしっかりした口調で語った。日本代表として出場した12日フランス戦後、フランス国営テレビが、自身の腕が4本ある合成写真を放送。司会者が「福島(第1原発事故)の影響ではないか」と発言したことは現地でも大きな波紋を呼んでいる。)
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(記者会見の川島永嗣選手)
【川島】 私たち日本人にとって、それは冗談では済まされないことです。非常に悪いジョークだ。福島には今でも家に帰れない人がいる。家を失ってしまった人もいる。私だけでなく、日本にとって、重要な問題なのです。世界中の人々に、日本を救って欲しい。

(被災地の光景が浮かんだのだろう。英語で話すと感極まった表情になり、目頭を熱くした。昨年夏に仙台、冬には原発から近い福島県相馬市、今夏にも岩手を訪問。帰国すれば、必ず被災地へ足を運ぶ=記者の言葉)

【川島】 原発の被害は、目に見えるものではない。常におびえている人がいる。子供たちは外で遊ぶこともできず、心おきなく(サッカーの)練習もできない。当たり前のことが、当たり前にできない。復興だけでなく、心の傷は簡単には癒えないのです。

(この日の会見は、自ら希望して開いた。自分の口で言いたかったのだという。)

【川島】 今回の出来事は、日本人がどうあるべきかを示す機会にもなる。僕がどう考えているか、しっかり主張をする。今まではなかったことかも知れませんが、これからの日本人はどうあるべきか。それを伝える責任がある。サッカー以外でも、行動を起こしたい。

(最後に、被災地への思いも残した。)
【川島】 常に一緒だということを忘れないでほしい。日本人のメンタリティーは世界に誇れるものですから。

(遠いベルギーから発信した言葉の数々。それは、心から伝えたい思いだった。)


happy01 東日本大震災直後の3月20日に
  フランスのレンヌで救援募金活動
 
フランス国営テレビ司会者の発言は不適切発言で残念で反省すべきだと思います。
私の頭に浮かんだのは、フランスの国民性ってこんなことを許さないのではないだろうかという思いでした。
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(2011年3月20日 フランスレンヌで)
 なぜならば、大震災後の3月20日にはフランスのレンヌで留学中の日本、韓国、アメリカの学生の支援募金の呼び掛けにフランスの人々が募金や折りヅル、メッセージなどさまざまな行動で積極的に行動してくれたことが思い出されたからでした。

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2011年7月19日 (火)

FIFA女子ワールドカップ2011で日本が優勝 7月18日

日本女子サッカー
あきらめず、笑顔で、走り続け、世界の頂点に


clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 FIFA女子ワールドカップ2011 ドイツ開催
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正直に言うとそんなに関心を持っていたわけではありませんでした。
ところが、7月10日のドイツ戦、7月14日のスエーデン戦を(リアルタイムではない)見て、「なでしこジャパン」のたたかいに興味がわきました。
 涙がないのです。あるのは笑顔ばかりで不思議に思ったのです。

もう試合は終わったのではなく
熱戦が繰り広げられていました


 前日また腰痛に苦しめられて早く休みました。(決勝戦を見たい想いはあったのですが、それどころではありませんでした)
4
(日本チームメンバー)
3
(アメリカチームメンバー)
5000
(延長戦で同点ゴールを決めた澤選手)
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(PK戦でキックを決めた宮間選手)
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(PK戦でキックを決めた阪口選手)
24
(PK戦でキックを決めた熊谷選手)
110718
(PK戦でアメリカのキックをブロックした海堀選手)
26
(PK戦を3対1で優勝を決めて海堀に集まる選手たち)   
18日の朝、6時前に「もう決勝戦は終わっただろう。どうなったかな」と思いながらテレビを付けると熱戦が繰り広げられていて1対1の同点でした。
 もう、それからは熱心にテレビの前で応援しました。決勝戦を観られて幸せでした。

決勝戦でも、笑いを絶やさずに
持てる力を発揮した日本チームに感動
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(PK戦を前に笑顔の選手たち)
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(お互いを讃え合う選手たち)
32 
 パス回しの巧みさで勝利したのでは
女子力を見せつけられるような試合でした。
さわやかに笑顔で、身体の大きなアメリカ選手に挑戦し、巧みなパス回しで闘い抜きました。アメリカチームには笑顔がありませんでした。

TO Our Friends Around the  World
    Thank You for  Your Support


  世界中の私たちの友へ  支援をありがとう

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(この横断幕を掲げ場内を回りました)
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(サポーター  震災なんかに負けない)
東日本大震災で世界中から寄せられた支援に、日本の女性らしさで感謝の気持ちを伝えたことも感動的でした。
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(岡崎慎司選手とシュツットガルトの選手たち)
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(スペインのレアル・マドリードが掲げました)   
 大震災発生後、世界中から様々な支援が寄せられ、私自身いつも、そのことに胸を熱くしています。
 サッカー界ではいち早く、ヨーロッパのチームから支援の声が寄せられました。
今回の女子ワールドカップ開催地のドイツでも、長谷部誠選手の所属するヴォルフスブルク、岡崎慎司選手が所属するシュツットガルトをはじめ、スペインのレアル・マドリード等、等

日本女子チームの強さはどこに・・・

 ネットで検索していて、どういう方かはわかりませんが、了戒美子さんというブログ記事がなるほどと思えましたので引用させていただきます。

「もしも優勝したら泣きますか?」                  
笑顔で世界の頂点に立ったなでしこ。最強アメリカを倒した“折れない心”。

                                       了戒美子 = 文


 準決勝翌日つまり決勝の3日前、そう尋ねられた指揮官佐々木則夫の回答が面白く、かつ印象的だった。
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「いやー泣かないでしょう。もしもU-20の若いチームが優勝したんだったら分からないけれど、僕はなでしこたちの強さを知っているから、まあ泣かないと思う」
「女性のことを強いなんて言ってはいけないか……」などと笑いながら付け加え、茶化してみせはしたが、彼女らとともに佐々木が積み重ねてきた日々の重みと信頼関係が伺えた気がした。
 なでしこが世界の頂点に立った。それも、アメリカを相手に、2度のリードを許しながら、延長まで持ち込みPK戦で下すという、離れ業の末にだ。
 アメリカは、世界ランク1位であるだけでなく過去20年間で24戦して3分21敗という、日本からしてみれば絶望的な相手だ。'08年の北京五輪準決勝でも対戦し、明らかな力の違いを見せられ2-4でねじ伏せられた苦々しい記憶もある。今大会直前に愛媛で行われた親善試合は2戦とも0-2で敗れている。
 アメリカにしてみればお得意様、カモもいいところ。口でなんと言おうが、舞台が決勝であろうがなかろうが、必ず降さねばならない相手でもあったはずだ。

アメリカの圧力に、なでしこのサッカーができず苦しんだ前半

 決勝の立ち上がり、そんな雰囲気がありありとしていた。アメリカは早い時間帯に勝負をかけてきた。高い位置からプレッシャーをかけて日本ボールを奪い、猛攻を仕掛けてくる。なでしこと違い、強いパスを持つ彼女たちはボランチから一気にゴール前に長いボールを入れて来たり、1本のパスでサイドチェンジをはかる。かと思えばしっかりとつないで崩しにかかってくる。攻守に多彩で、明らかに地力で勝っていた。
 受けに回ったなでしこは対応に苦しんだ。ボールを持っても、相手に寄せられると前線に長いボールを蹴りだしてしまう。相手の圧力に押され半ばやみくもに蹴っていたのでは、フォワードにボールも収まらず、相手ボールになって劣勢を招くだけでなく、パスをつないでいく日本の良さがでない。
 なでしこのサッカーとは、小柄で、キック力も明らかに劣る上に、単純なスピード勝負でもおそらくアメリカを始めとする強豪国の選手たちには勝つことができないという認識が前提にあるサッカーだ。ではどうするか?
 労力をおしまない。プレッシャーをかけ続け、中盤から丁寧につなぎ、人数をかけてゴールに迫るサッカーだ。相手よりも走り、相手よりもボールを動かすことで、個人個人の能力の差を埋める。埋めるだけでなく、綿密な分析の上に成り立つ戦術と、それを理解する選手たちの知性、そして成熟と信頼関係をあわせて必要とする、というサッカーだ。

劣勢でも、相手のペースを見越していたなでしこたち

 だが逆になでしこたちは、このサッカー以外の選択肢を持たない。つまり男子サッカーで、中東などの格下が日本に対して見せるような、引いて守って、前線の足の速い選手を走らせるようなサッカーや、長身選手を前に置きターゲットとするパワープレーのようなサッカーはこのチームでは成り立たないのだ。
 前半のように受けにまわって蹴っているばかりのサッカーではなでしこの良さは出ない。佐々木は「落ち着いてつなげと指示するだけでいっぱいいっぱいだった」と前半を振り返る。
 選手たちが逞しかったのは、前半の自分たちの出来と、相手のペースを見越していたことだ。安藤梢は言う。
「相手が飛ばして来ているのがわかった。だから前半0-0で折り返せばチャンスはあると思った」
 日本は徐々にリズムをつかむが69分、前線でキープしようとしたところを奪われタテパス1本で運ばれると、後半開始から途中出場のモーガンに叩き込まれてしまう。それでも焦らないのが今のなでしこ。81分には右サイドから永里優季の速いクロスを丸山桂里奈が体をはってキープ、相手のクリアがこぼれたところを最後は宮間あやがネットを揺らした。
 勝利を確信していたアメリカのほうが落胆ぶりは大きく、また安藤の言葉通りアメリカのプレーにも疲れが見えだした。

「心が折れそうになった瞬間? そんなの全然なかった」

 延長戦に入っても、同様の展開が見られる。延長前半終了間際の104分に中央でフリーになったワンバックが左クロスを頭で合わせ勝ち越す。
 ここで心が折れても良さそうなところだが、この日のなでしこたちは違った。
「まだ延長前半だったのでチャンスがあると思った。本当に焦ったのは、立ち上がりだけ」と近賀ゆかりが話せば、指揮官も、
「心が折れそうになった瞬間? そんなの全然なかった」と笑い飛ばす。
 試合終了間際の117分には、宮間の左CKに反応した澤穂希がニアサイドに飛び込む得意の形で2度目に追いつくと、アメリカはメンタルごとやられてしまった。

信頼関係を積み重ねてきたなでしこたちが咲かせた花。

 PK戦に入る直前、同じピッチに立つ日本の選手たちには、アメリカの選手たちが明らかに堅い表情に見えたという。一方、なでしこたちは笑顔、笑顔。
「2度も追いついてPKなんてモウケ(儲けもの)だろ! 楽しんでこい」
 佐々木は、選手たちに檄を飛ばし送り出した。
「本当は冗談のひとつも言いたかったんだけど思い浮かばなかったんですよ。だからオレはリラックスしてるというのを伝えるために笑顔を見せました」 と説明する。
 PK戦に入るとGK海堀あゆみが大当たり。3本連続で止めると、日本は4人目の熊谷紗希が決めて終了。歓喜の瞬間が訪れた。文字通りピッチには笑顔が溢れた。
 得点王と大会MVPを獲得した澤は言う。
「想像もできなかったし、実感がない。みんながあきらめなかった結果です。ここまでの道のりは長かった。若い力が育っていることも頼もしく感じる。いま日本がなでしこで盛りあがっているのも感じるが、これを今だけで終わらせたくはない」
 日本女子サッカー30年の歴史のうち17年間を背負い続けて来た彼女だからこそ、の言葉だ。
 信頼関係を丁寧に積み重ね、なでしこたちが咲かせた花はとてつもなく美しく輝いた。

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2011年1月30日 (日)

AFCアジア杯、延長戦を制し4回目の優勝 1月30日

日本対オーストラリア
フェア精神を発揮し総力戦

clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 決勝戦は日本が1対0で4回目の優勝をしました。
日本時間30日零時から試合が始まり、延長戦にもつれこみ、日本初代表で交代で試合に参加した李忠成選手が後半に長友からのボレーシュートを決めて勝利しました。
 テレビが終わったのは3時半でしたが、試合に引きこまれて観戦しました。
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日本チームの成長が続いていることを強く感じました。
両チームともフェア精神を発揮し、反則は少なく、イエローカードもほとんど出ずに総力をつくしたたたかいでした。

両チームに拍手です。

 試合終了後のコメントを紹介します。

● 長谷部誠選手

非常にうれしいです。会場で応援してくれた人、テレビの前で応援してくれた人に感謝します。短期間でこれだけ試合があって、体力的に厳しく、いいサッカーができな Img_8669 かったけど、勝ったことに非常に意味がある。相手のFWがヘディングが強くて、岩政が入って、長友も攻撃力があるんで、いい仕事をしてくれた。今回は日替わりというか、毎試合ヒーローが違う。日本の底力を見せられたと思う。(岩政が入る前の指示は)今ちゃん(今野)がけがをしたということなので、そのへんの意思統一をやりました。若い選手にとっていい経験になった。でも所詮アジアレベルなので、世界と戦うときにもっともっと個々の力を上げていかないと。課題は見えたんで、各チームに戻ってやっていきたいです。今日なんかはオーストラリアにフィジカル的にやられていたので。もっともっとやっていかないと。厳しい日程でも自分たちのサッカーをしないといけない。皆さんの応援があったから勝てたと思う。僕らはもっともっと頑張るんで、応援してください。今回は若いチームで来たんで、そういう中で勝てたことに意義がある。若い選手にとってはいい経験になったと思う。

● 本田圭佑選手
最優秀選手に選ばれ表彰されました

(優勝は)正直、実感がないですけど。チーム全員でやってきて、うまくいかないことも多々ある中、厳しい試合を競り勝って、今日も厳しい戦いで、延長に入って勝てImg_8335 た。また次につながるいい経験になった。本当に大きな大会だったと思います。(MVPは)それに関してもあまり実感がない。できれば、この賞はチームメート、スタッフにささげたいと思います。みんながいなければこの賞はもらえなかったので。まだまだ個人的には納得いっていないので、成長した本田を皆さんに見せられるように、これからも頑張っていきたいと思います。(オーストラリアは)要領が良くて、なかなかこっちがボールを保持してもいいところまで行かない。でも、難しい中でのセンタリングからのゴールは狙い通りなんで。今まで何度か(アジアカップで)優勝しているのは、小さい時に見ていますけど、今までの大会以上にこの優勝は価値あるものなんじゃないかと思います。カタール、韓国、オーストラリアに勝っての優勝。この価値は、今までのアジア大会にはなかったんじゃないか。

● 川島永嗣選手

今日は内容もそうですけど、勝つことにこだわったゲームなんで、最後の最後でこうやって喜べて良かったです。昨日の練習から、選手もここまでタフなゲームで疲れがImg_8678 たまっていると思ったんで、自分が後ろから支えることから入って、それが結果につながって良かった。(オーストラリアは)経験もあるし、フィジカルも強いチームだけど、自分たちはそれを恐れてはいけないと思っていた。負けなかった気持ちが結果につながった。(終盤の守備は)逆に見れば、韓国戦で失点したことで、集中力を切らさないでやれた。最後の最後までゼロで終わることができて良かったです。若いチームとして、この大会を通して厳しいゲームがあった中、1つ1つものにして、最後も優勝という結果をものにできて、いい経験になった。これが(ワールドカップの)アジア予選につながればと思います。今までまったく優勝したことがなかったので、今までにない感情を味わえて良かったです。

● 李忠成選手
日本代表初選出で、初めての試合でした

Img_8149
(今の気持ちは)最高です。ずっと試合に出られなかったんで、待ち続けた結果、点 が取れて本当にうれしいです。(試合に出た時は)ずっと「おれがヒーローになる」「おれがヒーローになる」と言い聞かせてピッチに立ちました。このピッチに立てたことが幸せです。本当にありがとうございます。これからもアジアのチャンピオンとして頑張っていきます。応援よろしくお願いします。

● ザッケローニ監督

最高の勝利です。最高のチームです。団結して、こんなに強いオーストラリアに勝てImg_8127 ました。オーストラリアは強いチームでした。みんな疲れていたんですが、チームスピリッツの良さで乗り切ることができました。本当に素晴らしいです。(途中出場の李は)やってくれると思っていました。李を入れることで、前田のような空中戦の強い選手を外さないといけないが、(李は)やってくれると思っていた。このチームの素晴らしいところは、ベンチスタートの選手が結果を出してくれること。日本の国民の皆さん、こんな代表チームがあることを誇りに思ってほしい。本当に素晴らしいチームです。このチームをまた温かい目で見守ってください。

  決勝戦の模様を写真で

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 (川島選手が体で猛攻を防ぎます)
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 (李選手がボレーシュートを決める)
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(李選手ガッツポーズ)
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 (チームメ-トにもみくちやに)
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 (長友選手 よく走りました)
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 (ザッケローニ監督も選手たちとがっちり)
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 (試合が終わり表彰式を待つ)
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 (長友、李選手など)
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 (本田圭選手が最優秀選手に選ばれました)
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 (本田圭選手表彰を受ける)
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 (オーストラリアキャプテンが長谷部を祝福)
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 (オーストラリアの選手たち)
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 (長谷部がアジア杯を受け取りました)
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 (みんなでアジア杯を確認し合います)Img_8550
 (怪我などで欠場した選手のユニホームも)
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 (金色の紙吹雪が会場を覆います)
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 (花火も上がります)
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 (監督とスタッフも喜びを共にします)
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 (サポーターにあいさつして回ります)
     

★ AFCアジアカップカタール2011
   日本代表メンバー

スタッフ

監督
アルベルトザッケローニ Alberto ZACCHERONI
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

コーチ
ステファノ・アグレスティ Stefano AGRESTI
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

関塚 隆 セキヅカ タカシ SEKIZUKA Takashi
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

GKコーチ
マウリツィオ・グイード Maurizio GUIDO
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

フィジカルコーチ
エウジェニオ・アルバレッラ Eugenio ALBARELLA
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

アシスタントコーチ
和田 一郎 ワダ イチロウ WADA Ichiro
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

テクニカルアシスタント
ジャンパオロ・コラウッティ Giampaolo COLAUTTI
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

 
選  手

背番号 生年月日 身長 体重 所属 国際Aマッチ出場/得点

GK
1 川島 永嗣 カワシマ エイジ KAWASHIMA Eiji
1983.03.20 185 cm 80 kg リールセSK(ベルギー) 16/-12

21 西川 周作 ニシカワ シュウサク NISHIKAWA Shusaku
1986.06.18 183 cm 81 kg サンフレッチェ広島 3/0

23 権田 修一 ゴンダ シュウイチ GONDA Shuichi
1989.03.03 187 cm 83 kg FC東京 1/-2

DF
3 岩政 大樹 イワマサ ダイキ IWAMASA Daiki
1982.01.30 187 cm 85 kg 鹿島アントラーズ 4/0

4 今野 泰幸 コンノ ヤスユキ KONNO Yasuyuki
1983.01.25 178 cm 73 kg FC東京 40/0

2 伊野波 雅彦 イノハ マサヒコ INOHA Masahiko
1985.08.28 179 cm 73 kg 鹿島アントラーズ 0/0

5 長友 佑都 ナガトモ ユウト NAGATOMO Yuto
1986.09.12 170 cm 68 kg ACチェゼーナ(イタリア) 34/3

20 槙野 智章 マキノ トモアキ MAKINO Tomoaki    <ねんざで離脱>
1987.05.11 182 cm 75 kg サンフレッチェ広島 4/0

6 内田 篤人 ウチダ アツト UCHIDA Atsuto
1988.03.27 176 cm 67 kg FCシャルケ04(ドイツ) 34/1

22 吉田 麻也 ヨシダ マヤ YOSHIDA Maya
1988.08.24 189 cm 80 kg VVVフェンロ(オランダ) 1/0

12 酒井 高徳 サカイ ゴウトク SAKAI Gotoku      <腰痛で離脱>
1991.03.14 176 cm 74 kg アルビレックス新潟 0/0

MF
7 遠藤 保仁 エンドウ ヤスヒト ENDO Yasuhito
1980.01.28 178 cm 75 kg ガンバ大阪 100/9

8 松井 大輔 マツイ ダイスケ MATSUI Daisuke     <肉離れで離脱>
1981.05.11 175 cm 64 kg FCトム・トムスク(ロシア) 29/1

17 長谷部 誠 ハセベ マコト HASEBE Makoto
1984.01.18 177 cm 65 kg VfLヴォルフスブルク(ドイツ) 37/1

14 藤本 淳吾 フジモト ジュンゴ FUJIMOTO Jungo
1984.03.24 173 cm 69 kg 清水エスパルス 6/0

15 本田 拓也 ホンダ タクヤ HONDA Takuya
1985.04.17 177 cm 73 kg 清水エスパルス 0/0

13 細貝 萌 ホソガイ ハジメ HOSOGAI Hajime
1986.06.10 176 cm 69 kg 浦和レッズ 3/0

18 本田 圭佑 ホンダ ケイスケ HONDA Keisuke
1986.06.13 182 cm 76 kg CSKAモスクワ(ロシア) 23/6

16 柏木 陽介 カシワギ ヨウスケ KASHIWAGI Yosuke
1987.12.15 175 cm 72 kg 浦和レッズ 1/0

10 香川 真司 カガワ シンジ KAGAWA Shinji     <骨折で離脱>
1989.03.17 172 cm 63 kg ボルシア・ドルトムント(ドイツ) 17/3

FW
11 前田 遼一 マエダ リョウイチ MAEDA Ryoichi
1981.10.09 183 cm 80 kg ジュビロ磐田 7/2


19 李 忠成 リ タダナリ LEE Tadanari *
1985.12.19 182 cm 73 kg サンフレッチェ広島 0/0

9 岡崎 慎司 オカザキ シンジ OKAZAKI Shinji
1986.04.16 174 cm 76 kg 清水エスパルス 35/18


※GKの「得点」は失点数
※「*」は日本代表初選出









 

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2011年1月26日 (水)

日・韓サッカ-息ぬけぬ、すばらしい試合  1月25日~26日

AFCアジアカップ2011カタール
準決勝日本対韓国 息抜く暇もないような好試合

 カタールで開催中のAFCアジアカップの準決勝日本対韓国の試合を最後まで釘づけになって観戦しました。
 試合開始午後10時25分~終了が26日午前1時過ぎでした。
Scc1101260505006p6  (韓国に先取点を許しましたが反撃に長友のパス)
Scc1101260937015p1 (長友のパスを前田がゴールし同点に)
 因縁の日・韓対決ということで観たくなって最初から最後まで観ました。過去に、日本と韓国のサッカー試合は一度も見たことがありませんでした。
すばらしい試合でこういう試合こそスポーツの持つ醍醐味ではないだろうかと思いました。
 サッカーワールドカップ南アフリカ大会での日本対パラグアイ戦の事が思い出されました。
Scc1101260505006p2 (本田のPKこぼれをゴールし勝ち越し)
2011012600017 (韓国終了間際の隙をついて同点ゴール)
 私の感じでは日本が押し気味のようでしたが、後半から韓国の流れが変わってすごい勢いで日本陣地に攻め込み押し気味に変わったように思いました。
 延長戦終了間際での韓国の諦めない攻めによって、日本のわずかの隙に同点ゴールを決められました。韓国の力のすごさを感じました。

  PK戦での川島の2ブロックが勝敗の分かれ目に

 2本続けて韓国のキックをブロックしたことが大きな分かれ目になったように思います。
韓国チームはPK戦で日本がワールドカップで味わったような悔しさを味わったのではないでしょうか。
Scc1101260507008p3(PK戦、川島が2人続けてブロック)
Scc1101260507008p5 (天に向かって気合を入れる川島)
 PK戦で一つ印象に残ったのは、最初のキッカーは本田圭祐で試合中にペナルティーキックで失敗していたのに挑戦したことでした。立ち向かっていく姿勢が感じられました。でも試合後に「監督が今日はよかったよと声を掛けてくれたのが僕に自信を与えてくれる。・・・・・真ん中に蹴って失敗し、PK戦では真ん中に蹴る勇気はなかったです」というコメントでした。
2011012600015 (勝利してゴールに駆け寄る日本イレブン)
Scc1101260507008p7
 (喜び合うイレブン)
 日本は5年ぶりに韓国に勝利したのだそうで、これからも、日本、韓国の熱いたたかいは続くように思いました。

試合終了後の韓国選手の態度に注目していたのですが、すごくマナーがすっきりしていて、日本選手とも握手している姿に好感が持てました。日・韓の友好が深まるといいなと思いました。

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2010年7月 2日 (金)

悔しさを次の跳躍台に 日本代表帰国   7月1日

チームメイトの励ましに
上を向いて進んでいこうと思った

clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 サッカーワールドカップ南アフリカ大会でベスト16進出を果たした日本代表チームが帰国しました。感動をたくさん作ってくれてありがとう。

 パラグアイ戦のPKで外した駒野友一選手のことが気がかりで仕方ありませんでした。Uvs100702011

その駒野友一選手が明るくインタビューに応じて、自らの思いを語ってくれました。
やはり、この思いは多くの人に知ってほしいと思いこの記事を書いています。

   駒野友一選手のインタビューから

(問い) 忘れられないシーンは

 PKだと思います。
Wca1006301031033p7
本当にチームメイト全員から励ましの声をもらって、ずっと下を向いていましたけれど、その言葉をもらってから上を向いて進んでいこうと思ったので。(インタビューに応えようとしたこと)
Uvs100702007  本当に今回のメンバーには恵まれたなと思います。
Uvs100702015 同級生の選手も松井(松井大輔)(29才)だったり、闘莉王(田中マルクス闘莉王)(29才)だったり、阿部ちゃん(阿部勇樹((28才)に声をかけてもらって、最後まで励ましてもらったので、本当にいい同級生だったなと思います。
Photo_2  その後も阿部ちゃんがロッカーの隣りだったんですけど本当に最後まで励ましてくれたし、闘莉王も5人目のキッカーだったんですけど、松井も同じように「おれが蹴ったら外してた」と、そいう言葉をもらったので、本当に同級生というのは本当にうれしい仲間だったと思います。

       松井大輔選手のインタビューから

 本当は泣くつもりもなかったし、“泣かない”っての持ってたんですけど。
Photo 駒野がああいう形になっちゃったんで、それも、同年代の人たちが多かった世代の代表で悔しかったという一言です。



  岡田武史監督の記者会見

  「選手たちを本当に誇りに思います」

「われわれの予定より、少し早い帰国になってしまったことを残念に思っております。できればもう1試合、1試合でいいから、やらせてやりたかった。なぜならこのチームは本当に素晴らしいチームだったんで、もう1試合やらせてやりたかった。

 Photo_3 出場している選手、出場していない選手、関係なく、みんながチームが勝つために、ということを考えて、そのために何をするんだと。チームが勝つためにということを前提に、みんなが動いてくれた、考えてくれた。

 自分たちで考えて、自分たちで戦って。僕もたくさんのチームをつくってきましたけれども、その中でも、12を争う素晴らしいチームだと思っています。
 ピッチの中でも、日本の代表として、日本人の誇りを持って、脈々とつながってきている日本人の魂を持って、戦ってくれた。この選手たちを、本当に誇りに思います。

 それとともに、素晴らしい選手たち、スタッフと一緒に仕事ができて、本当に幸せだなと思っております。また、サッカー協会、Jリーグなどなど、関係者の皆さんの
Photo_2 サポート、そしてスポンサーの皆さんの支援、また、このチームを信じて応援し続けてくれた人たちの思い。思いは伝わりました。その1つひとつの思いは小さいかもしれないですけど、どの1つの小さな思いもなくては、今のわれわれはなかったと思っております。そういう意味で、サポーター、関係者の皆さんに、心より感謝を申し上げます。

 まぁ、われわれのワールドカップはこれで終わってしまいましたけれども、選手たちはまだまだ前に向かって進んで行かなきゃいけません。彼らはいろんな場所で、これからいいときもあり、悪いときもあり、そういう中を懸命に前へ進んでいくことだと思います。わたしは一緒に過ごすことはもうないかもしれないですけど、常に彼らを応援して、成功を祈って、幸せを祈ってやりたい。
 ぜひ、多くのサポーターの皆さん、またはメディアの皆さん、ここにいる彼らを温かい目で見守ってほしいと思います。ありがとうございました」

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2010年6月30日 (水)

清々しく全力でたたかった日本チーム   6月30日

日本対パラグアイ戦 決勝トーナメント
2010 FIFA ワールドカップ南アフリカ大会

clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 私はそれほどサッカーに夢中になる方でもありません。
しかし、ロナウジーニョ(ブラジル出身)選手の事を知り、ブログに思いを書いたら、けっこう大Photo勢の方がアクセスする事に驚きました。
 記事を書いた時には認識しないで書いていましたが、ワールドカップの開会が近づき、日本が所属するEグループで最初に対戦するのがカメルーンでそのキャプテンがエト-であることを知り、ちょつと驚いたようなサッカーに知識のない私でした。
 NHKで「サミュエル・エトー  アフリカを背負う男」が放映されエト-選手についての知識と認識を深めた私でした。

 そんなことがあってから、オランダ戦は全部見なかったのですが、他の日本の試合は徹夜して全部見てしまいました。

     清々しく全力を尽くした試合に感動

 日本チームが決勝トーナメントに進み、対パラグアイ戦は4時間近くの熱戦で、テレビの画面から目を離せない状況でした。試合が始まったのが午後11時、試合が終わると午前3時Photo_2 近くになっていました。
 前半、後半をたたかい、延長戦になり、延長戦の前半戦と後半戦で決着がつかずに、PK戦になり、わずかの差で日本が敗れました。

 両チームとも全力でたたかいぬいた試合で、清々しい気持ちにさせてくれるたたかいでした。
Photo_3
(勝利を喜ぶパラグアイの選手)
Pk
  (PKを外し天を仰ぐ駒野)
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 (パラグアイに敗れピッチで悔し涙)

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  (駒野選手を慰めるチームメ―ト)
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  (選手に声をかける岡田監督)
Wca1006301031033p4
 (日本選手に声をかけるアエドバルデス選手)
Wca1006301031033p5
 (駒野に声をかけるアエドバルデス選手)
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 (お互いを讃えあう岡田監督とマルティ監督)
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  (サポーターの姿)

 パラグアイのアエドバルデス選手が、PK戦で決着がついた後に日本選手に示した態度と、PKに失敗した駒野選手へのチームメ―との心ある対応に感動しました。
 選手と監督が心一つにたたかってきた姿がパラガアイ戦の後にピッチで繰り広げられていました。
 岡田監督とパラグアイのマルティノ監督が抱き合って健闘をたたえあう姿も印象的でした。

       「感動をもらいました」

 今朝のテレビ報道を見ていても、インタビュ-に応えた人の全てが「感動をもらいました。ありがとうございました」という応えでした。

 日本チームのみなさん、よくたたかってくれました。

 ありがとう。

2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ大会  
日本代表メンバーと 背番号

【日本代表監督】

岡田 武史(おかだ たけし、1956年8月25日 生まれ)

日本の元サッカー選手、指導者。現在はサッカー日本代表監督、日本サッカー協会特任理事、2007年8月24日より2007年12月14日まで日本エンタープライズの社外取締役。「岡ちゃん」の愛称で知られる。メガネがトレードマークで、現役時代にはメガネを外さずプレーしていたほどである。また、監督としては以前はジャージ姿で指揮を執っていたことでも知られていたが、2008年に日本代表監督に復帰してからはスーツ姿で指揮を執ることが多くなっている。

【選 手】           
Pos. 
背番号 選手名 (アルファベット表記) 
生年月日 身長 体重 所属 国際Aマッチ出場/得点

GK 
23 川口 能活 KAWAGUCHI Yoshikatsu (チームキャプテン)
1975.08.15 180cm 77kg ジュビロ磐田 116/-104

1 楢﨑 正剛 NARAZAKI Seigo 
1976.04.15 187cm 80kg 名古屋グランパス 75/-73

21 川島 永嗣 KAWASHIMA Eiji 
1983.03.20 185cm 80kg 川崎フロンターレ 8/-6
            
DF 
22 中澤 佑二 NAKAZAWA Yuji 
1978.02.25 187cm 78kg 横浜F・マリノス 102/17

4 田中 マルクス闘莉王 TANAKA Marcus Tulio 
1981.04.24 185cm 82kg 名古屋グランパス 37/7

3 駒野 友一 KOMANO Yuichi 
1981.07.25 172cm 76kg ジュビロ磐田 51/0

13 岩政 大樹 IWAMASA Daiki 
1982.01.30 187cm 85kg 鹿島アントラーズ 2/0

15 今野 泰幸 KONNO Yasuyuki 
1983.01.25 178cm 73kg FC東京 34/0

5 長友 佑都 NAGATOMO Yuto 
1986.09.12 170cm 68kg FC東京 23/3

6 内田 篤人 UCHIDA Atsuto 
1988.03.27 176cm 62kg 鹿島アントラーズ 31/1

            
MF 
10 中村 俊輔 NAKAMURA Shunsuke  
1978.06.24 178cm 70kg 横浜F・マリノス 95/24

20 稲本 潤一 INAMOTO Junichi 
1979.09.18 181cm 75kg 川崎フロンターレ 79/5

7 遠藤 保仁 ENDO Yasuhito 
1980.01.28 178 cm 75 kg ガンバ大阪 91/8

14 中村 憲剛 NAKAMURA Kengo 
1980.10.31 175 cm 67 kg 川崎フロンターレ 45/5

8 松井 大輔 MATSUI Daisuke 
1981.05.11 175cm 64kg グルノーブル(フランス) 22/1

2 阿部 勇樹 ABE Yuki 
1981.09.06 177 cm 77 kg 浦和レッズ 42/3

17 長谷部 誠 HASEBE Makoto (ゲームキャプテン)
1984.01.18 177cm 66kg VfLヴォルフスブルク(ドイツ) 28/1

18 本田 圭佑 HONDA Keisuke 
1986.06.13 182cm 76kg CSKAモスクワ(ロシア) 12/4
            
FW 
11 玉田 圭司 TAMADA Keiji 
1980.04.11 173cm 67kg 名古屋グランパス 68/16

16 大久保 嘉人 OKUBO Yoshito 
1982.06.09 170cm 73kg ヴィッセル神戸 46/5

12 矢野 貴章 YANO Kisho 
1984.04.05 185cm 76kg アルビレックス新潟 17/2

9 岡崎 慎司 OKAZAKI Shinji 
1986.04.16 174cm 76kg 清水エスパルス 25/16

19 森本 貴幸 MORIMOTO Takayuki 
1988.05.07 180cm 75kg カターニャ(イタリア) 3/1


 2人の日本人が審判として活躍

 今回の南アフリカ大会で西村雄一(38才)主審と相楽(さがら)亨(33才)副審の2人が   審判として活躍しています。
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     (主審を務める西村雄一さん)
 いままでに、フランス対ウルガイ戦、スペイン対ホンジュラス戦、パラグアイ対ニュージーランド戦を担当しました。

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2010年5月25日 (火)

ロナウジーニョ(サッカー)選手のこと    5月25日

「肌の色が違っても人間」
人種差別に正面から立ち向かう


clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 5月21日の朝「しんぶん赤旗」のスポーツ欄の「人種差別発言」「肌の色が違っても人間」という言葉が私を捕え記事に引きこまれました。
 すごく感動する記事で胸が熱くなり、「しんぶん赤旗」に感動をメールで伝えました。Photo_2
                「しんぶん赤旗」の記事
 私はそれほどサッカーには熱中する方ではありませんが、サッカーのワールドカップ大会が近づいている時でもあり、この記事は強いインパクトがありました。注意しないとサッカーの試合を通じて間違ったナショナリズムを増長する傾向が持ち込まれることを危惧しています。

  ロナウジーニョ・ガウーショ選手はどんな人
 私がこの記事で一番感動したのはロナウジーニョ選手の言葉と行動でした。
1042ronaldinho01 はずかしながら、ロナウジーニョ選手のことを知りませんでした。ロナウジー二ョってどんな人と関心がわきネットで調べて納得しました。

・1980年3月21日、ブラジルで生まれブラジルとスペインの国籍を所有。
・現在、イタリアのACミランに在籍するサッカー選手。
・2004年、2005年と2年連続でFIFA選出の世界最優秀選手に選ばれています。
・人種差別撲滅キャンペーン「STAND UP SPEAK UP」に加わって活動。
・津波チャリティーマッチでも主導的役割を果たす。


 05年4月1日発行の「チャンピオン・リーグ・ウィクリ―」
                    に掲載されたインタビューから


soccer「サッカーは僕にとって楽しみ、喜び、そして僕の人生そのものなんだ。1日のうちで最も幸せな瞬間はボールを使ってトレーニングしている時だね。サッカー選手よりも最高Rosport001 な職業は世界のどこを探してもないよ。子どもの頃からの憧れだったんだ。
 僕が初めてプレゼントされたのはサッカーボールと小さなサッカーシューズ。だから幼い頃からプレーするようになったんだ。ボールと共に寝起きしたもんだよ。友人たちとプレーしていて、彼らが疲れてしまったら、飼っていた犬に相手してもらったよ。犬は疲れ知らずだったからね(笑)」

soccer「ブラジルでは、選手の大半がスラム街の出身。貧困がいかに辛いかを身をもって知っているから、選手たちは他者を援助することへの意識が高いんだ。僕は若いサッカー選手の模範になろうと努力している。将来、彼らにも同じことをして欲しいからね」

 ロナウジーニョはティエリ・アンリや他のサッカー選手と共に、人種差別撲滅のキャンペーン(管理人注:ナイキが全面協力する「STAND UP SPEAK UP」に加わった。ロナウジー25_1108661506 ニョがサポートしているのは、彼のチームメートでカメルーン人のエトーである。エトーはスペインリーグのピッチで人種差別的な罵声を浴びせられたため、逆に「(黒人を侮辱するための)猿のジェスチャー」を観衆にやり返すことで抵抗した。

soccer「そうした観衆の行いは不愉快だ。我々は差別を失くす努力をしなきゃいけない。サッカー選手たちも無関係ではいられないよ。公式団体と共に、我々は何かをするべきだ。人々が差別について、もっと考えてくれることを期待しているよ」

 
彼はヨハン・クライフやディエゴ・マラドーナに称賛され、他のサッカー選手たちが認め、注目しているいわば「サッカー王」ではあるが、それでは彼が注目しているお気に入りの選手は誰なのだろう?
Decoetoo01

soccer「エトーとデコは素晴らしくて、ワクワクさせてくれる選手だね。ジダンとロナウドにも注目しているよ。彼らは本当に偉大で、ファンタスティックな技術の持ち主だと思うよ」

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