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2017年1月 9日 (月)

第9演奏にあたって  ヘルベルト・ブロムシュテット

幸せを切望したベートーベンが音楽で伝えたかったこと
「第9」の魅力を解き明かします  
ヘルベルト・ブロムシュテット氏に聞く


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 誰もが「歓喜の歌」という題名にひかれます。幸せになりたいという気持ちがあるからです。しかし、ベートーベンは大変に不運な人でした。耳が不自由であるということは、音楽家にとってどんなに苛酷なことか。頭の中で想像するだけで、実際の音を聴くことができない苦しみ。聴覚に問題のない状態で作曲した交響曲は第一番だけなのです。第二番を書き上げたときには、既に聴覚が失われ始めていました。これは大きな悲劇です。
 私たちは悲劇に打ち勝つことができる人を尊敬するのです。悲劇や悲惨な出来事は悲しいものですが、それを機に新しいスタートを切ることもできます。第9は耳が聴こえないベートーベンだからこそ生まれた作品だと思います。そして音楽の質の高さは言うまでもありません。
 第1番の演奏時間は25分であの時代の交響曲の標準です。第9はその倍以上の長さです。スケールが大きいというだけでなく、中身も凝縮されていて多くのことを語っています。

 第9の全体を通したテーマは喜びです。
第1楽章は創造する喜びを表現しています。第2楽章はまた別の喜び、ディオニュソス的な半狂乱の喜びの表現です。第3楽章は歌心たっぷりの叙情的な緩徐楽章です。叙情と美しさに満ちた、心安らぐ楽章です。最後の方には穏やかさを破る瞬間があります。人生は平穏な時ばかりでなく、厳しいこともあると思い出させるためです。穏やかな主題と同じ音程を使いながら、人間はいつか死ぬ、不幸が訪れることもあるという警告を発しています。この美しい緩徐楽章に、人生は美しいだけでなく、困難なこともあるという意味も与えています。それだけに楽しい瞬間がきわだつのです。この楽章は本当にすばらしい。ずっと演奏していたいくらいです。最後は穏やかに終わります。
 ベートーベンはお得意のこのモティーフを反転しこのくらいテンポを落として用いるのです。究極の平和を得たという印象があります。仏陀も求めた極致です。
 涅槃(ねはん)に達し欲を持たず、解脱することで幸せになる。第3楽章の後はそんな気持ちになります。しかし、直後におぞましい和音が来ます。ひどい不協和音です。何のためでしょうか?(第3楽章では)試練や戦争、困難のあとには究極の平和が訪れると言いたかったのです。あまりに美しく心地よいので、居眠りをしてしまいそうになります。
 そこで人生は楽ではないと私たちの目を覚まさせるのです。私はこれを地獄の和音と呼んでします。管楽器がいっせいに「変ロ音」を演奏します。しかし、ティンパニはその半音「イ音」を叩き耳障りな不協和音が響きます。そして、美しいい心なごむメロディーが現れます。
 王ではなく普通の人が地道に歩んで行くような、隣り合った音でできた歌いやすいメロディーです。冒頭の人間を象徴するメロディーの音程を変化させたものです。崇高なのにとてもシンプルで5つの音だけでできています。これよりは上には行かず1回低くなるだけ、限られた音域で歌いやすいのです。極めて美しく計算されたメロディーです。単なる思いつきではなく、熟考を重ねた結果です。オーケストラがかなり長く展開したあと、また地獄が訪れます。これまで何回か繰り返されてきた、あの恐ろしいメロディーです。その後、バリトンの独唱が始まります。
 私はこんな音楽を聴きたくない、もっと楽しい幸せな音楽が聴きたいのだと歌います。
これはドイツ語の歌詞の意訳で、ちなみに歌詞はベートーベン本人のものです。
その後に、シラーの詩を引用した長い楽章となります。シラーが書いたのは、30ほどの節からなる長い詩で、そのうちの喜びに関する3節か4節を歓喜の歌に引用したのです。これは喜びへの賛歌です。
 そこかしこに喜びはあり、それを手にいれるために努力し、大切にするようにと合唱が加わり歓喜の歌を歌います。フーガと合唱の同時進行です。合唱とオーケストラが表すそれぞれの喜びを見事に組み合わせています。
 それから間があって、まったく新しい神に関する詩が歌われます。
神はどこにも存在し、人間とコミュニケ―ションを取っていると、音楽で見事に表しています。
 フィナーレはディオニュソス的な半狂乱の喜び、オーケストラがとても速いテンポで、人間の主題を奏でます。そして、合唱が神の主題を歌います。ものすごい高揚感です。
合唱とオーケストラが感極まり、オーケストラが速いテンポで主題を数小節奏でます。
それで終わりです。
 冒頭で使われた音程で締めているのです。見事なまでに計算されています。耳の不自由な天才音楽家の作品です。幸せを切望したベートーベンが音楽を通して示したのは、次々に悲劇に見舞われたとしても、幸せになることはできるのだということです。
 ぜひお楽しみいただければと思います。

clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

指揮:ヘルベル卜・ブロムシユテット

1927年にアメリカで生まれ、その後、両親の祖国スウェーデンに移住した。ストックホルム王立音楽院からウプサラ大字に進み、さらにジュリアード音楽院で指揮法、バーゼル音楽院で古楽を字んだ。1954年ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してデビュー。オスロ・フィルハーモニー管弦楽団、スウェーデン放送交響楽団、デンマーク放送交響楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の首席指揮者を歴任した。1985年からサンフランシスコ交響楽団、1996年から北ドイツ放送交響楽団、1998年からライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の、それぞれ音楽監督を務めた。NHK交響楽団には1981年から客演を重ね、現在は同楽団名誉指揮者の称号を贈られている。2016年、日本放送協会放送文化負を受賞。

〇ディオニュソス
ギリシャ神話で、酒の神。もと、北方のトラキア地方から入ってきた神で、その祭儀は激しい陶酔状態を伴い、ギリシャ演劇の発生にかかわるともいわれる。ゼウスとカドモスの娘セメレとの子。バッカス。
〇涅槃(ねはん)
煩悩 (ぼんのう) の火を消して、知慧 (ちえ) の完成した悟りの境地。一切の悩みや束縛から脱した、円満・安楽の境地。仏教で理想とする、仏の悟りを得た境地。

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89歳の巨匠が万感をこめて第9にいどむ
ヘルベルト・ブロムシュテット89歳 世界で最長老の指揮者のひとり
N響と「第9」を共演するのは1985年以来。
31年ぶりとなる今回の「第9」 ― しかし、その演奏は大きく様変わりしていた。

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 第一楽章は作曲する喜びだと思います。
短い2つのモチーフだけで音楽を組み立てる喜びです。
 第2楽章スケルツォはドラマチックで情熱的、陶酔的で悪魔的な喜びを描いています。
 パンパラ パンパラ パンパラ パンパラ
一番好きなのは、ゆったりしただ3楽章。平和の喜びにあふれています。

1985年には楽譜の新しい版がまだなく、150年ほど前からの楽譜を使っていました。19世紀の頃からずっと使われていた版です。今使っている版は、1990年代に新しく出版されたものです。またベートーベンの“意図”を伝える多くの資料も見つかっています。音楽家は良心に従い、なるべく原典に忠実であるべきだと思います。今の私は昔よりも作曲家の“意図”に忠実な演奏ができるようになりました。それに、周りのことを気にしなくてもいい歳になりました。フルトヴェングラーの倍のテンポで演奏していると言われても平気です。ベートーベンの“意図”に従っているという自信があるからです。

ブロムシュテットは、ベートーベンが音符に託した“意図”ひとつひとつを演奏前の練習で解きほぐしていきます。
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コンサートマスター 伊藤 亮太郎氏

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(ブロムシュテットは様々な指示を書き込んだ譜面を事前に渡していた)
あるフレーズで、センサビブラートと言って〝ミブラートかけないで〟っていうふうに書いてあったんですね。まあ、そこのフレーズは、けっこうきれいなフレーズなので普段はけっこう、良い音でと思って、ミブラートかけたりするんですけど、それを確認して、多分2小節ぐらいかなと思って質問して「どこまでかけない方法で行きますか」と聞いたら、意外と長くて8小節あったりして、最初、びっくりしたんですけれども、その後、実際に音を出してみたら、本当に、作品の真の姿というのが、自分が聴いていてもよく伝わって来て驚きの経験になったんです。

第1バオリン 齋藤 真知亜氏

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彼の音楽の中に、われわれよくメロディーに目が行ってしまいますけども、メロディーではなくそのメロディーを細分化したモチーフ、タターンとうのとタラーという二つの音がものすごく少ないモチーフですよね。それが、オーケストラのなかにどう点在しているのかということを完璧に把握していらっしゃるので、それを楽器のそれぞれの特徴に合わせて、どれだけ表現をさせるかみたいな感じですね。だから、なんか、へたをすると、うまく言えないんですけど、ピカソの絵みたいな感じで、ここは象徴する、ここは象徴するって、本当に一つの顔をいろいろなところから見て、それを結果として立体的に音楽が構築されているという、そんな感じだと思います。

ブロムシュテット
(ディテール 全体の中の細かい部分。細部。)
経験を重ねると表現する上で、ディテールがいかに大切かわかってきます。たとえばダイナミックス、一つのフレーズの中で一番大切な音はどれか、フレーズの中でどこで強めるかどこで弱めるか、これは譜面には書かれていないこともあります。“弱音”と書かれている場合でも、すべての音を同じくらい弱くという意味ではありません。弱い中にも立てるべき音があります。でもそれは自分で見つけなければなりません。音楽そのものにある光と影、緊張と弛緩(しかん)、それが音楽を生き生きさせるのです。

(合唱の練習で)
 第9を聴きに来る人は、音楽好きもそうでない人でも何か美しいものを聴きたいと、抱きしめられる感じを味わいたいと思って来るのです。

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何よりもまず伊藤亮太郎さんと固い握手
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 毎年、暮れになるとベートーベンの第9が演奏されます。
私は演奏会に参加したことはありませんが、第9を必ず聴くようにしています。
2016年のNHK交響楽団による演奏会が12月21日に開催され、31日の夜に放送されました。紅白歌合戦とダブり録画しておいて1日にじっくりと聴きました。2回も聴きました。
 聴いていて感覚ですが「いつもの第9演奏とは違うのでは」と思いました。
何が違うのか、それは指揮者のヘルベル卜・ブロムシユテットでした。
 第9の演奏が終了したあとブロムシュテット氏は演奏した楽団員と合唱団に繰り返し握手とエールを送り続けたのです。いままでにこれほどに、演奏者を称えた指揮者はいたでしょうか。この姿に私は感動し、涙があふれてきました。

 私はヘルベルト・ブロムシュテット氏について全く知りませんでした。
第9演奏会を聴いたことで、にわかに「どういう人だろう」とネットで情報を集めました。
その結果が上記の内容で、自分一人のものにしておいてはもったいないので、ブログに掲載しました。いままで、第9の内容にまでは深く入っていなかった私ですが、ブロムシュテットの第9演奏に出会えてよかったと感謝の気持ちです。

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コメント

第9も9条も最高です!
軍事外交(日米安保でアメリカの世界戦略にのっかる)から平和外交(9条)へ切り替えなければなりません。軍事外交は犠牲が多すぎます。

以下、お知らせです。
琉球弧自衛隊配備反対アクション
‏@nobase_ryukyuko
[宮古島市長選一週間前]
南西諸島に自衛隊基地はいらない!1.14アクション
1月14日(土) 14時から永田町・首相官邸前にて
呼:琉球弧自衛隊配備反対アクション
http://www.labornetjp.org/EventItem/1482272957000staff01 … …
2017年、自衛隊基地建設反対運動も盛り上げよう!

投稿: 軍事外交から平和外交へ | 2017年1月11日 (水) 20時47分

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