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2016年11月

2016年11月16日 (水)

関東大震災と朝鮮人 なぜ悲劇は起きたか ETV特集

 大分日にちが経過しましたが、9月3日にNHKETV特集で関東大震災と朝鮮人―なぜ悲劇は起きたかが放送されました。
 朝鮮人へのヘイトスピーチが繰り返され、「朝鮮人虐殺はなかった」などという人たちが今も後を絶ちません。そういう中で、2009年政府の中央防災会議の災害教訓の継承に関する専門委員会編で関東大震災報告書第2節で国の組織として初めて、朝鮮人、中国人殺傷事件について詳細に分析しました。その報告を軸に番組が編集されていたように思います。
 私がみても制約が相当感じられる点はありますが、すばらしい番組だったと思います。

 この番組のプロローグで、何年も会っていなかった友人の高橋隆亮さんが登場したので驚きでした。交流があった時には知らなかったことで、永い間、高橋家が子孫に伝えて受け継いできた活動に感銘を受けました。

 時間がかかってしまいましたが、放送内容を全部書き起こし記録に留めることにしました。

clover 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

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関東大震災と朝鮮人  なぜ悲劇は起きたか
ETV特集  2016年9月3日放送  

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 プロローグ

-語り-
 東京都墨田区横網町公園。今月1日、93年前に起きた関東大震災の犠牲者を慰霊する法要が行われた。遺族ら600人が参列した。
1923年9月1日に発生した大地震。火災が東京・横浜などで広がり、約10万人が命を落とした。
公園の一角で祈りを捧げる人たちがいた。大震災のときに殺された朝鮮人を追悼する石碑。当時、流言、誤った情報が広がり、多くの朝鮮人が殺害された。

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―参列した在日二世―
9月1日になる度に、一つしかない命を取られたその人たちの気持ちが、自分がもしそのとき何も悪いことしないのに「お前は朝鮮人だ」って殺される瞬間、どんな気持ちですか?人間だったらね…なぜ俺が殺されなくちゃなんない。
―参列した日本人―
93年経っても亡くなられた方たちの本当に無念な思い、いわれなく殺された方たちの無念な思い、それにきちんと応えていない。やっぱり日本人は伝えられなくても自分の方から知る努力も併せてしなきゃいけない。

-語り-
 震災の前の年、東京には少なくとも5000人ほどの朝鮮人が暮らしていた。多くは朝鮮半島からの出稼ぎ労働者。その朝鮮人に悲劇が起きた。
2009年、国の中央防災会議が関東大震災に関する報告書を出した。震災の教訓を様々な観点からまとめたものだ。その中で国の組織として初めて、朝鮮人殺傷事件について詳細に分析した。
「軍、警察、市民ともに例外とは言い切れない規模で武力や暴力を行使した」
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-報告書をまとめた歴史学者の鈴木淳さん-
朝鮮人に対する迫害という問題をですね、ちゃんと取り入れることができたというか、しっかり政府の報告書にそれを書き込んで教訓の一つとして位置づけることができたという点は大きいと思いますね。
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-語り-
 報告書が朝鮮人殺傷の根拠としたのが、当時の司法省の資料。立件された51件の朝鮮人殺傷事件、いつどこでどのように殺害されたのか記されている。なぜ殺害が起きたのか?
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中央防災会議の報告書は、次のように分析している。
軍隊や警察、新聞も一時は流言の伝達に寄与し、混乱を増幅した。
国や県が誤った通達を出し、流言を信じた人々が殺害をした事例もある。朝鮮人殺害の記憶を父親から聞いている人がいる。

-証言・高橋隆亮さん―
(朝鮮人が)ここまで逃げてきたけど、ここで崖を降りて、この下の畑、ちょうど玄関その辺ですね、サツマイモのツルで足取られて、そこを村人が襲撃したと。たまたまなんだろうけども、うちの畑だったんですよね。
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-語り-
 関東大震災から93年、なぜ多くの朝鮮人が殺されたのか。新たな資料や人々の証言から迫る。
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 朝鮮人殺傷事件について司法省がまとめた資料があった
防衛省防衛研究所に朝鮮人殺傷事件を司法省が密かにまとめた資料が残されていた。初めてテレビの撮影が許された。
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「震災後に於ける刑事事犯及び之に関連する事項調査書」
震災後に立件された刑事事件を司法省刑事局がまとめた調査書。朝鮮人の殺傷事件について一つ一つ取り上げて報告されている。
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「9月2日午後10時。吾嬬町亀戸。被害者1名(氏名不詳)。殺人。杉棒又ハ割木ニテ乱打シ殺害ス」

調査書がまとめた殺傷事件で、朝鮮人の死亡者は合わせて231人。当時の政府が確認した殺害。

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 中央防災会議の報告書を取りまとめた東京大学(日本近代史)の鈴木淳教授は、司法省の調査書をもとに朝鮮人の殺傷事件を分析した。

-鈴木淳教授-
多くの朝鮮人を標的にした殺傷事件が起こったという、そのこと自体をよく示している非常に貴重な資料ですね。殺人とか殺人未遂とかあるんですが、「鳶口、金槌等を以て乱打したるも殺害するに至らず」という、かなり乱暴な暴行が行われたこと。明らかに相手に抵抗する力がないと思われる者を集団で襲って、虐殺という名前と言わざるをえないような事案というのも出てきます。
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-語り-
 司法省の調査は、犯人が検挙され刑事事件として立件されたものに限られている。
これは確認できた犯罪事実を書いたもの。被害に遭った朝鮮人が何人いたか集計しようとしたわけではない。

番組では調査書の51件の殺傷について場所と被害者の数を地図上に表した。震災の翌日9月2日、東京府下で始まった殺傷事件。3日にピークを迎え、さらに埼玉県、千葉県と近県に広がっていく。9月6日までに231人が殺害された。なぜこうした殺傷事件が起きてしまったのだろうか。
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1923年(大正12年)9月1日午前11時58分。マグニチュード7.9の地震が関東地方を襲った。激しい揺れに加え、東京・横浜を中心に発生した大火災が被害を大きくした。10万人余りが命を失い、東京だけで100万人以上が避難生活を強いられた。
警視庁も火災に見舞われた。電信・電話など通信手段が壊滅、警察は事態の把握ができなくなった。そうした中、人々の間で飛び交う流言が警察署に報告された。最初の流言は1日の午後1時。

「富士山が大噴火している」「大津波が襲来する」(警視庁「大正大地震火災誌」)

午後3時には初めて朝鮮人に関する流言が報告された。

「社会主義者及び鮮人の放火多し」

1日の午後、流言を聞いて荒川に架かる鉄橋に避難した男性の証言が残されている。

-証言-
津波だと言うから少しでも高い方がいい。土手に上って、流されちゃ困ると思うからね。帯をといて線路の下に結わいつけて、津波が来ても流されないように。寝ようとしてしばらくたったら「朝鮮人が攻めてきた」誰言うともなく聞こえてきた。いきりだした。武器なんかありません。棒きれを持つとか竹ざおとか、芋の葉が茂っている。そんな葉が人間の顔に見える(島川精さん・1982年撮影「隠された爪跡」より)

-語り-
東京大学(社会学)の佐藤健二教授は中央防災会議の報告書の中で、東京の警察署が記録した流言を分析した。流言の約8割が朝鮮人に関するものだった。

「鮮人は毒薬を井戸に投じたり」
「数百名管内に侵入してして強盗、強姦、殺戮等」

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-佐藤健二教授-
1日の夕方、報告が始まった朝鮮人に関する流言。震災翌日一気に増え、東京全域に広がっていった。まだラジオがなかった当時、人々の情報源は新聞だった。しかし新聞社が火災に遭い、殆どの新聞が発行できなくなっていた。
唯一のマスメディアである新聞が途絶えた。そのことによって情報の空白の状態みたいなものっていうのの中で、人々がやっぱり不安を感じたということは大きいと。情報を確かめるということが非常に難しかった。そうすると、だから街頭に出て人に聞いてみるとか何かそういうようなこと。でもその街頭には避難した人たちとか、何か見知らない人たちもたくさんいて、いろんな情報っていうふうなものを流していく。で、それに頼らざるをえない。猜疑が猜疑を生み、不安がさらなる不安を生み出してというようなことが、流言をやっぱり押し広げていく非常に大きな力になってしまった。

-語り-
 9月2日になっても東京では火災が広がり続けていた。食べ物や水を得ることも困難な避難生活。安全な居場所を求め、千葉・埼玉など近県に逃れる人も多くいた。
流言は2日午後、東京の東、現在の千葉県船橋市にも広がった。千葉県内で起きた朝鮮人殺傷事件について40年ほど前から調べてきた人々がいる。元高校教師の平方千惠子さん(75)たちは、流言を聞いたという人の証言を記録していた。当時、船橋警察署の巡査だった渡邉良雄さんは震災後、情報収集に努めていた。

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-証言 渡邊吉雄さん―
2日の夕方だと思うんですが、そのときに私が電話に出ましたら軍隊口調だ。「ただいま東京方面から来た朝鮮人の団体と国府台の砲兵隊が江戸川をはさんで目下交戦中でございます」。そのときの人員が3000人と言ったかな。「東京方面から来た朝鮮人3000名と目下江戸川をはさんで交戦中でございます。警戒を要します」これだけ電話で来た。私はそれを本当だと信用した。頭がごにょごにょしている時だから(渡邉さんの音声・1978年収録)

-語り-

 9月2日午後、政府は人々の混乱を収めるために、ある決断をした。戒厳令を適用したのだ。警察が機能を失った中、軍隊が東京の治安維持に乗り出した。
当時、内務大臣だった水野錬太郎は、戒厳令の適用に踏み切った震災翌日の閣議を回想している。
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-内務大臣 水野健太郎-
大木鉄相(鉄道大臣)の如きも朝鮮人攻め来るの報を盛んに多摩川辺で噂して騒いでいるという報告をもたらした。種々考えてもみたが、結局戒厳令を施行するの外はあるまいという事に決した(「帝都復興秘録」より)

-語り-
関東地方では9月中旬までに約5万の兵力が集結。軍隊は警備や怪我人の救護、復旧活動も行った。

-吉田律人調査研究員-
 軍自体は治安維持だったりとか救護活動に出るために、そういうものをやっているわけなんですけども、結局軍が銃剣を持って町に出るっていうことは、やっぱり見る人によってはそれが朝鮮人が暴動を起こしているんだっていうふうに思うようになった可能性はありますね。(横浜開港資料館(軍事社会史)
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-語り-
 司法省の調査書によれば、朝鮮人の殺傷事件が9月2日夕方から発生している。
「9月2日午後5時。世田谷町大字太子堂。被害者1名(氏名不詳)。殺人。猟銃ヲ以テ射殺ス」
調査書によれば2日の朝鮮人殺傷事件は8件。いずれも現在の東京都内で、1か所で16人が殺傷された事件も報告されている。

なぜ朝鮮人殺害が起きたのか? 

司法省の資料には人々が自衛のために殺傷を行ったとある。9月2日の午後までに流言を信じた人々は自警団を作り、町を守ろうとしていた。自警団は銃をはじめ、鳶口・鍬・玄能・熊手・鎌・鋸などで武装した。
朝鮮人を見つけるために、見慣れない人を捕まえて「15円50銭」「ぱぴぷぺぽ」など朝鮮人にとって発音しにくい言葉を言わせた。
演出家や俳優として活躍した千田是也さんは震災当時、自警団に取り囲まれ尋問された経験がある。2日の夜、大学生だった千田さんは朝鮮人が大挙して日本人を襲うという噂を聞いた。
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-千田是也さん-
朝鮮人が襲ってくるって。我々もただ遊んでいたわけじゃなくて夜警に引っ張り出された。千駄ヶ谷の駅から信濃町に向かう、そこをのこのこ上がって線路に入って(朝鮮人が)来ないかな、来るのかなと思って見てたら、原っぱから(自警団の)提灯がこっちの方に向かってくる。「歴代天皇の名前を言え」と言う。中学を出たばかりで覚えてましたけど、だんだん出てこなくて、出なくなったらやられるんじゃないか。竹槍は突くし、まさかりを頭から振り上げている(千田さん・1991年撮影)

 千駄ヶ谷でコリアンではないかと疑われたことから、千田是也という芸名を名乗るようになった。「私も被害者ではなく加害者になっていたかもしれない」という思いからだった。

-語り-
 朝鮮人に間違えられて日本人も殺された。司法省の調査書では、その数59人。中には地方出身者や聴覚に障害がある人もいた。

なぜ人々が流言を信じ、朝鮮人殺害をしてしまったのか
その背景には、朝鮮半島に進出した日本の歩みが影を落としていた。

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1910年の韓国併合により朝鮮半島は日本の植民地となった。軍の力を背景に朝鮮総督府が統治していた。
1919年、日本の支配からの解放を求め、3・1独立運動が起こった。ソウル市内から始まり朝鮮半島全土に広がった運動。日本は軍隊や警察を動員、弾圧した。

 当時、日本人が朝鮮人をどのように見ていたのか、立教大学(日本近現代史)の山田昭次名誉教授は長年研究してきた。
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-山田昭次名誉教授-
3・1運動はそもそも非暴力運動として始まったんでんよ。ところが日本が暴力運動をやったから、それで朝鮮人も暴力で対抗するようになるんです。で、朝鮮人っていえばやたらむやみに暗殺を謀り陰謀する者だというふうに、日本人の多くが思うようになっちゃったんですね。

-語り-
1920年、東京でも独立運動家の朝鮮人が逮捕された。要人暗殺のため爆弾を製造していたと報じられた。こうした中、新聞は朝鮮人を危険視する記事を掲載するようになった。

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-山田昭次名誉教授-
新聞の報道の影響もありますよね。新聞がやたらね、朝鮮人市内各所に出没して陰謀を謀る不正鮮人団って、興味本位で朝鮮人ってのは恐ろしい連中だって報道をしばしばやっている。それが一つと、それから警察の朝鮮人に対する取り締まりが厳しかったんですよね。例えば朝鮮人に間借りさせていると、その日本人を不逞鮮人を世話するというのはけしからんと脅されたりするんですね。それから朝鮮人学生が数人集まっているだけでもすぐ逮捕したりとか、そういう警察が厳しい取り締まりをやるから、どうしても朝鮮人は怖いという印象を日本が持ったと思いますね(同上)

-語り-

 朝鮮人に関する流言が広がっていく中、治安維持を担う内務省はどう対応したのか。内務省警保局長の後藤文夫は誤った流言を事実と信じ動いた。9月3日朝、後藤は各県に宛てて次のような通達を発信した。

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「東京付近の震災を利用し朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に爆弾を所持し石油を注ぎて放火するものあり。鮮人の行動に対しては、厳密なる取締りを加えられたし」

―専修大学 政治学の宮地忠彦准教授―
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警察の中でもひょっとしたらこんなときに朝鮮人の中から、悪さをするような人間が出てくるかもしれないという警戒心が震災の前から既にあったので「あっ、本当に起こってしまったんだ」というふうに思い込んで、流言を信じてしまった。あるいは流言を完全に否定することができなかったというふうに思われます。

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さいたま市染谷地域も県を通じて村役場に指示が
内務省警保局からの通達は、県・府から市・郡、町・村を通じて各地区にまで伝えられることになっていた。この通達を受けた地域では何が起きたのだろうか。現在のさいたま市染谷地域も県を通じて村役場に指示が伝わった。
不逞の徒の襲来に備ふべく自警の方策を講ぜられたき旨通牒を発したる。

この指示は3日、染谷の地区長の家にまで届いた。農家の髙橋隆亮(72歳)さん。

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―証言 高橋隆亮さん―
染谷の区長をやっていた祖父の髙橋吉三郎です。当時自警団を組織して、その指導にあたっていた。
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―語り-
祖父の吉三郎さんは指示に従って自警団を作った。その活動を示す記録が去年見つかった。
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自警団の活動は村の費用で賄われていた。
髙橋さんは父親や近所の人から、この地区で広がった流言について聞いている。

―証言 高橋隆亮さん―
この井戸枠の上に蓋をしたって。井戸がどこにあるか分からないようにカムフラージュをしたって。毒を入れられないように竹とかこもで蓋したって言ってましたね。

―語り-
当時染谷に朝鮮人の住民はいなかった。9月3日夜、自警団が警戒している中、一人の朝鮮人がこの村に迷い込んできた。

―証言 高橋隆亮さん―
(朝鮮人が)ここまで逃げてきたけど、ここで崖を降りて、この下の畑、ちょうど玄関その辺ですね、サツマイモのツルで足取られて、そこを村人が襲撃したと。「一番先の一撃は俺だ」と言っている人もいた。それが誰か聞いていません。たまたまなんだろうけども、うちの畑だったんですよね。
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―語り-
この染谷での事件は司法省の調査書にも記されていた。
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「9月4日午前2時頃。北足立郡片柳村染谷地内。被害者 姜大興。殺人。鑓・日本刀ニテ殺害ス」

―証言 高橋隆亮さん―

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加害者であり被害者でありという両方あったんじゃないですかね。要するに流言飛語でね。井戸に毒を入れるなんて話は、もとはなかったわけだからね、この染谷村に。なかったのが持ち込まれてきたわけだから、そういう意味では被害者だよね。それで通知で秘密文書が来て、結束して自警団組織して自警しなさいって言われたわけだからね。だから本当にそのやった当時の人は、いつも話出るけど、初めはね不逞朝鮮人の輩をやっつけたというので手柄でね。警察で褒美もらえると、勲章もらえるんじゃないかって言って「私がやりました。私がやりました」って言った、初めは。

―語り-
内務省の通達が伝えられた埼玉県では、9月4日から6日の間に94人の朝鮮人が殺傷されたと記録されている。24人、30人、38人と1か所で多くの朝鮮人が被害に遭った事件が目立つ。
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―鈴木淳教授―
確かに政府がそういう内務省警保局という今の警察庁的な役所が、朝鮮人がこの機に乗じて悪いことをするから警戒しろって情報を流して、それが殺傷事件の背景になった面というのも確かにあります。だからそれは政府が悪い面もあるんだけれども、実は別に彼らも警保局も噂に普通にどうも巻き込まれていただけであるらしい。あるいは軍隊が殺傷した事案も多いけれども、軍隊自体もどうも全部ではないですけどね。一部の部隊は噂にまさに巻き込まれて、多くの市民と同じようにそれを信じていたということ。

―語り-
内務省だけではなく、軍の中にも流言を信じ増幅してしまった事例がある。千葉県船橋市にあった海軍の無線電信所船橋送信所(跡)。震災により使用できなくなった東京の無線施設に代わって、船橋の送信所は全国に情報を発信する重要な場所となっていた。
この送信所の所長だった海軍の大森良三大尉が、震災後の処置を記した報告書。4日午前7時、大森所長のもとを地元の自警団が訪ねてきた。そこである噂を聞いた。
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只今鮮人の一隊電信所を襲撃する。
大森所長は送信所が襲撃されると聞き、無線を通じて全国に助けを求めた。
SOS、援兵たのむ。船橋。鮮人300船橋に上陸。危急迫る。
間違った情報を全国に打電した。
大森所長は送信所を守るために自警団にも協力を求めた。それを物語る証言テープが残されている。

―証言から―
無線の海軍所長が「浦安行徳に600人の不逞鮮人が来るから、今夜警戒を頼む」と来て、銃を渡されて「二声かけて返事をしなければ撃っても良い」と。警備に当たっていますと、朝鮮人が見えますと早鐘打つ。「鮮人は見たら殺せ」と言う。すごかったです。今の競馬場の駐車場の所で2人殺しました。若い鮮人で針金で縛って狙い撃ちをしてしまった。誰が撃ったか分からない。撃った後を日本刀で首を斬った、倒れているのを。斬り方が皮だけ残っていたから、腕利きのやり方だと(当時の警防団長・1981年収録)

―語り-
司法省の調査書によれば、この事件の被害者は氏名不詳16名。
聞き取り調査を進めてきた平方千惠子さんは、殺された朝鮮人のことを僅かに知ることができた。

―証言 平方千恵子さん―
北総鉄道、今の東武野田線を作っていた朝鮮人労働者がいましたけれども、その東武野田線の労働者たちが殺されています。
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―語り-
この殺害事件はその後、裁判になった。被告は殺害が大森所長の命令によるものだと述べた。大森所長は次のように反論した。「絶対に殺してもよいとは言う筈がなく、襲撃してくる朝鮮人は殺してもよいと言ったにすぎない」。結局、大森所長は「殺人教唆と認め難し」として責任を問われることはなかった。

内務省が朝鮮人への警戒を全国に発信した9月3日、警視庁は流言の誤りに気づいていた。その前夜のことを当時警視庁の幹部だった正力松太郎は回想している。

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―証言 正力松太郎-
鮮人がその後なかなか東京へ来襲しないので不思議に思うておるうち、ようやく夜の十時ごろに至ってその来襲は虚報なることが判明いたしました(「悪戦苦闘」より)

―語り-
9月3日午後6時には、警視庁は市民に対して次のような公告を発した。
一部不逞鮮人の妄動ありたるも大部分は順良にして何等兇行を演ずる者に之無し。

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大部分の朝鮮人は従順で善良なので迫害しないように呼びかけたのだ。
政府は朝鮮人を保護する方針を打ち出した。千葉県習志野の陸軍の収容所などに朝鮮人を集め保護した。
しかし政府が流言を否定した後も、朝鮮人の殺害は続いた。司法省の報告書によれば、9月2日、東京府下で始まった殺傷事件は近県に広がり、6日まで続いた。現在の群馬県藤岡市や栃木県那須塩原市でも起こり、殺された朝鮮人は231人に上っている。
調査書には留学や出稼ぎで来ていた中国人の殺傷も記されている。そして日本人の社会主義者が軍隊により殺害された事件も報告されている。

朝鮮人の殺害が収まった後、政府はこの問題にどう向き合おうとしたのだろうか。

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殺された朝鮮人の遺体をどのように処理するか、当時の政府の方針が朝鮮総督府の文書に記されていた。遺骨が日本人か朝鮮人か分からないようにする。
鮮人に被害あるものは、速やかにその遺骨を不明の程度に始末すること。

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被害に遭った朝鮮人の遺骨は誰のものか分からないようにする。当時、船橋警察署の巡査だった渡邉良雄さんは、遺体の処理に関わったと証言している。
そのままにしておくと証拠を残すと、後で国といろんな問題、外国との関係があるから、問題になるから「火葬しちゃえ」と言う、全部。掘り出して10日か20日くらい経ってますから、9月だからまだ暖かい時、それを掘り出して。人を頼むわけにはいかない。巡査2、3人、消防も2、3人出てもらって、周りを掘ってそこに薪や油を持っていって火をつけた。想像もできない、臭かったよ。警察の所まで臭くていられなかった。船橋の町中は全部臭くなった。あくる日、それをどうするか考えて、ばらまいちゃうしかしょうがない。田んぼがあった。骨を持っていって全部まいちゃった。田んぼの中へ広く。1か所に置くわけにいかないからみんなまいた。肥料をやるように(渡邉さん・1978年収録)

―吉野作造と朝鮮人留学生が実態調査―

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被害の全容が見えない中、東大教授の吉野作造は朝鮮人留学生とともに、その年秋に実態調査を行い、雑誌で訴えた。
殺された者の多数は労働者などであるから氏名も判らず、遺族の明かならぬも多からう。鮮人虐殺に対する内地人の謂はば国民的悔恨を表するが為めに、何等かの具体的方策を講ずるの必要を認むる。

―永井柳太郎衆議院議員が政府を追及―

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震災の年の12月、帝国議会で朝鮮人殺傷事件が議論となった。衆議院議員の永井柳太郎は政府の責任を問うた。

内閣の出した所の流言蜚語の為に多数の朝鮮人が不幸なる犠牲となったならば、之に哀悼の意を表し、其犠牲者の遺族に対して之を慰安すべく最善の方法を講ずることは、即ち政府の道徳的責任ではないか。
時の首相、山本権兵衛は答えた。
政府は起こりました事柄に就て目下取調進行中でござります。
その後、政府の調査結果が発表されることはなかった。

―司法の対応―

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朝鮮人の殺害を司法はどのように裁いたのか。事件後362人が起訴された。
現在の足立区で起きた事件の記録が近年発見された。なぜ殺人を犯したのか、11人の詳細な供述が記されている。

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資料を発見し分析したのは、大正時代の民衆史を研究してきた東京女子大学の藤野裕子准教授。

―藤野裕子准教授―
訴訟記録の中で一番重要だと思うのは、加害者の自身の供述を読み取ることができると。直接に殺害の動機であったり、経緯をすることができるわけです。

―語り-
殺害に加わった23歳の男性の供述書。殺意を抱いたきっかけは、土手で殺された朝鮮人の死体を見たことだった。そのとき朝鮮人が悪いことをしたから殺されたのだと考えたという。

成程鮮人が放火をするといふ噂が事実らしく思ひ、やっ付けて見たい。
男性は数十人の人々とともに朝鮮人労働者の長屋を襲い、7人を殺害した。殺害が終わると、居合わせた人から「万歳」という声が上がったという。

藤野准教授が注目したのは被告の職業。河川工事を行う土木工夫、井戸掘、日雇いなど収入の不安定な仕事に就いている人が目立つという。
不安定な職業、低賃金の職業には、当時朝鮮から流入してきた労働者がたくさん入っていくことになる。日本人労働者よりも安い賃金で朝鮮人労働者は雇われていく。そうすると日本人の労働者にとっては新たに流入してきた朝鮮人労働者は邪魔な存在になっていって、日頃から存在する差別意識と経済的な対抗意識が合わさり、人々の中に虐殺の動機が形成された。災害時に蔑視と報復の恐怖の両方が噴出する(同上)

この足立区で起きた事件は当時の新聞によれば、懲役2年から3年の判決が下された。その殆どが執行猶予付きだったと伝えている。

さいたま市染谷で起きた事件
地域の人たちはどう受け止めたのか

内務省の通達を受けて自警団を組織、朝鮮人1人を殺害したさいたま市染谷。地域の人々は事件をどう受け止めたのだろうか。
染谷では5人が起訴された。判決は懲役1年半から2年。執行猶予が付いたため、収監されなかった。

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―証言 高橋隆亮さん―

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村でどうしようかっていうんで相談合議のうえに被告5人を選出して、それでご苦労だけど行ってきてくれって。区長はうちのおじいさんなんかはそういうことを言ったんだと思いますけどね。その後、だから嘆願運動をやったって、よく聞きましたよ。噂、デマで惑わされてやっちゃったんだから、悪気がないんだと。だから罪軽くして出してくれという嘆願運動を村の人みんな署名集めて、それで警察へ陳情したんだよね。全面的にね、自分たちが悪くて殺人を犯しているから悪いことなんだけど、それよりも政府なり役人さんの言うことを聞いたっていうのが、それでだってもらい下げ運動をやるってことは悪いことしたと思わないっていうことだよね。仮にやっちゃったとしても、それは間違った噂によって動いちゃったっていうことだから。

―語り-
染谷では震災から間もなく、村人たちが亡くなった朝鮮人の墓を寺の墓地に建てた。殺害を行った地域の住民が墓を作った例は数えるほどしかない。

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―証言 高橋隆亮さん―
小学生の低学年からは来てますね。何も分かんないぐらいのときから朝鮮の方のお墓だと、お線香をあげるようにというんで、親から言われてあげてましたね。やっぱり一つの事件として、そういうことは繰り返されてはいけないっていう考えはあったんでしょうね。

-語り-
墓には「施主 染谷 一般」と刻まれている。地区一同で墓を作った。
「関東地方大震災の節、当字に於て死亡」
朝鮮人がこの地で命を落としたことが記されている。
しかし髙橋さんは「死亡」という記述に違和感を持ってきた。

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―証言 高橋隆亮さん―
死亡っていうことだけだから、真実を正確には伝わってないよね。やっぱり殺したっていうこと自体は犯罪ですからね。ですからそれを隠す意味があるんじゃないですかね、正確に言うと。

―語り-
関東大震災。それは将来の大規模災害に備える私たちにどのような教訓を残したのだろうか。
朝鮮人殺傷事件についても国の組織として初めて検証を行った。 中央防災会議

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中央防災会議は2年にわたってこの問題に取り組んできた。消防や医療など様々な観点から大震災を分析。
「過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく。その上で、流言の発生、そして自然災害とテロの混同が現在も生じ得る事態であることを認識する必要がある」

―鈴木淳教授―
歴史をやっぱり忘れてはいけないと思います。今後、同じことを絶対に繰り返すというつもりは全然ないんだけど、絶対に繰り返してはいけない。繰り返すとしたら、我々は何も反省していなかったことになるし。普段は常識の枠で常識的判断で抑えられているものがですね、何かのきっかけでたがが外れるというか、そうなったときにそういうなじみの薄い日本国内における少数者に対して、我々が牙をむいてしまうということは、やっぱりありうるんじゃないかって。あるいはそれをありうるんだって思って警戒し続けることこそが、震災のときの殺傷事件で犠牲になった方々、犠牲を無駄にしない道なんじゃないかと思います。

―証言 高橋隆亮さん―

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朝鮮人殺害の事実を後の世代にも伝え続ける
さいたま市染谷、父親から朝鮮人殺害の事実を伝え聞いている髙橋さんはお盆の日、かつて父とともに参った墓に孫たちを連れてやって来た。
近所に暮らす髙橋さんの8人の孫たち。この日、初めて事件について詳しい話を聞いた。

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やっぱり子どもたちに伝えるのも分かんなくなっちゃうからね、代がかわっていくと。確かに染谷の人にしてみれば恥だったんだと思いますけど、我々はそれを乗り越えていかなくちゃいけないんじゃないかと思います。

―エピローグ-

関東大震災から93年、朝鮮人を襲った悲劇の記憶が薄れゆく中、事実を伝えようとする試みが今も続けられている。

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2016年11月12日 (土)

多国籍企業の横暴から国民の命とくらしを守る

 参議院で環太平洋連携協定(TPP)承認案・関連法案が安倍政権多数の横暴で審議に入りました。11日の参院本会議で日本共産党の紙智子議員が代表質問を行いました。TPP承認案・関連法案は廃案にすべきです。
 テレビニュースでは自民党の賛成討論と民進党の反対討論しか伝えていません。この報道姿勢に危惧を感じています。
 「しんぶん赤旗」で紹介された紙智子議員の質問要旨を紹介いたします。

 

TPP承認案・関連法案

参院本会議紙智子議員の質問

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 TPP承認案と関連法案は、衆院の特別委員会で強行採決されました。国会審議を損なわせた最大の要因は山本有二農水相による2度にわたる暴言でしたが、政府・与党はその打開策を示さず、10日、衆院の強行突破に走りました。その暴挙に怒りをもって抗議します。
 しかも、その採決は、米大統領選においてトランプ氏の当選が決まったもとで行われました。トランプ氏はTPPについて「最悪の協定だ」「大統領の就任初日に離脱する」と表明してきました。共和党の議会指導部はTPPについて年内の議会には提出しないと表明しました。米国抜きにTPPは発効しません。他の参加国も、TPPの国内承認手続きを見合わる動きになっています。

  安倍内閣は、米国の批准を後押しするためとか、日本がTPPをリードするためなどと言い、国会審議を急いできましたが、いまや当のアメリカが離脱の方向に動いているのですから、審議を進める前提が崩れています。

  私たちはTPP承認案・関連法案を廃案にすべきという立場ですが、少なくとも政府・与党もトランプ政権のTPPに対する方針を見極めることを最優先すべきです。TPP反対はトランプ氏の個人的見解ではなく、クリントン候補も反対を表明していたように、米国民の多数の声です。

  多国籍企業の利益のために、農業が破壊され、食の安全、環境、雇用が脅かされるという懸念が増大しました。ISDS(投資家対国家紛争解決)による各国の経済主権の侵害も心配されています。

  総理や宣房長官は、各国の自由貿易反対の動きに対し「保護主義」だとレッテルを貼ってきました。ところがいまの「自由貿易」は、多国籍企業のもうけを最大化するための「自由貿易」となっています。「自由貿易」をとるか「保護主義」をとるかではなく、多国籍企業の横暴から各国の国民の命とくらしを守る重大なたたかいになっているのです。
 だから、米国でも欧州でも日本でも大きな国民の反対運動が起きています。こうした自由貿易協定・TPPを成長戦略の要として掲げること自体おかしいのではないですか。

 その内容は、国民の暮らしと健康、地域経済に深刻な影響を与えるものです。

 農産物の「重要5項目」について関税撤廃の対象から「除外」する規定がありません。重要5項目のうち3割で関税が撤廃され、残り7割も「無傷」なものは無いことを政府は認めました。日本は輸出大国との間で、アクセス数量を増やすために再協議をすること、漸進的に関税を撤廃することを受け入れました。これでは、「重要農産物の聖域確保を優先し、それができない場合は撤退も辞さない」という衆参農林水産委員会の決議に反しているのは明らかです。

 農林漁業への影響試算の根拠は破綻しました。それを象徴するのが、SBS(売買同時入札)輸入米の不正取引です。農水省が「国産米に影響はない」と結論づけた調査はずさん極まりないものです。政府の影響試算はやり直すべきです。

 食の安全・安心に対する不安は募るばかりです。総理は、食の安全について「制度の変更は求められていない」と言います。しかし、問わなければならないのは、まともな説明もなく一貫して規制緩和を続けてきたことです。BSE(牛海綿状脳症)への懸念があるのに、輸入できる月齢を20ヵ月齢から30ヵ月齢に緩和。日本でポストハーベスト農薬は禁止されているのに、食品添加物に名前を変えて容認しています。
こういう姿勢をとってきた政府に「食の安全」を守る毅然(きぜん)たる態度は望めません。

 医療・医薬品分野での影響は深刻です。薬価を決める審議過程に「透明性、公平性」の名で外国企業が口だしできる仕組みが作られました。米国製薬企業の言い値で高い薬価が押しつけられるのではありませんか。また、日米2国間の交換文書で、将来の保険医療制度について「協議する」ことを受け入れました。国民皆保険制度が壊され空洞化する危険がないと言い切れますか。

 外国企業に政府を訴える権利を与えるISDS条項は、国の主権が脅かされる重大な条項です。仲裁人は多国籍企業で働く弁護士が多く、判決は強制力を伴います。国民の命より、外国企業の投資が守られる結果になるのではありませんか。

 加えて重大なことは、TPP委員会と各種委員会が設置され、貿易や投資を拡大する仕組みとなっています。協定の3年以内の見直しへその後、遅くとも5年ごとに見直すとしています。政府は 「国内の制度は変更を迫られない」と言っていますが、TPPの原則は関税と非関税障壁の撤廃であり、政府の言い分は何の保証にもならないのではありませんか。

 TPP協定には、経済主権と国民主権を侵害する内容が幾重にも盛り込まれています。
各国の経済主権を尊重しながら民主的で秩序ある経済の発展をめざす平等・互恵の貿易と投資のルールづくりこそ、今、世界で求められている流れです。TPPをやめさせることがその新しい地平を開くものです。日本共産党は、そのために全力を挙げることを表明し質問を終わります。

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2016年11月11日 (金)

問題山積 TPPの衆院強行採決は「愚の骨頂」

 私たちはTPP(環太平洋連携協定)は農業をはじめ日本の経済活動を根底から破壊するものであり到底許せないと反対の声を上げ続けています。この国民の声を聞かずに衆議院で自民、公明、維新が強行採決しました。

断じて許せません。

 昨日のテレビニュースを聞いていても、今朝の新聞を見ても、まともにTPPの強行採決に反対した日本共産党の討論が無視されています。マスメディの視点もおかしいと思うのです。なぜ重要な反対討論の内容を伝えないのか。アメリカの大統領選挙でもマスメディアの報道の在り方に問題があることが指摘され、日本でのマスメディアのありかたも問われていると思うのです。
 私は衆議院のネット中継で視聴しました。

日本共産党の畠山和也議員が10日の衆院本会議で行った環太平洋連携協定(TPP)承認案・関連法案に対する反対討論は光っていました。その全文を紹介いたします。

TPP承認案・関連法案
畠山和也議員の反対討論


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 私は日本共産党を代表して、TPP承認案・関連法案に断固反対の討論を行います。
 何よりまず、TPP特別委員会での質疑打ち切りと採決強行に厳しく抗議するものです。「わが党は結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」と述べた安倍晋三首相の目の前で、国会ルールを踏みにじり、慎重審議を求める国民多数の声に背く暴挙が行われたのです。
 そもそも山本有二農水相の2度にわたる暴言は、国会と国民を愚ろうするものです。辞職は当然です。にもかかわらず、政府・与党から事態の打開についてゼ口回答とはとんでもありません。そのうえ米国では、TPP離脱を明確に口にしたトランプ氏が次期大統領に選ばれました。TPPによって雇用が奪われることへの米国民の怒りと不安が反映したものです。米国のみならず、日本でも各国でも反対や批判の声が広がるなかで強硬に採決へ突き進むとは、まさに愚の骨頂ではありませんか。
 国民への説明責任は果たされていません。国会で問題点を明らかにするべく責任を投げ捨てる、自民・公明による強引な運営に対して、満身の怒りを込めて抗議するものです。
 質疑を通じてTPP協定の重大な問題点が明らかになりました。

 国会決議に違反

 第一に、TPP協定の原則は関税撤廃であり、国会決議に真っ向から反するということです。決議は、農産物の重要5項目を「除外又は再協議」とし、「10年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も認めない」ことを求めていました。しかし、TPP協定には「除外」も「再協議」もなく、重要5項目のうち3割で関税が撤廃され、残り7割でも関税率の引き下げなどにより「無傷」な品目は一つもないと政府は認めました。乳製品や林産物・水産物のなかに、10年を超える段階的な関税撤廃品目があることも認めました。
  政府が勝ち取ったというセーフガードなどの「例外」も、発効7年後の再協議規定で撤廃に向けた協議が約束させられています。小委員会や作業部会などで協議の対象となることを政府も否定しなかったではありませんか。
決議では「交渉により収集した情報については、国会に速やかに報告する」ことも求めています。しかし、交渉経過は「黒塗り」文書でやり過ごし、審議を通じても「交渉の中身については言えない」との一点張りで、国会にも国民にも限られた情報しかもたらされていません。
 さらに、SBS(売買同時入札)輸入米での価格偽装疑惑によって、政府試算の前提は覆りました。再調査も、再試算さえもしない政府の姿勢に、コメ農家の怒りや不信が広がっています。これがTPP協定のまぎれもない結果であり、国会決議違反であることは明白ではありませんか。
 第二はTPP協定が「食の安全」をはじめ、国民のくらしと命、健康を脅かすことです。
 TPP発効で、輸入食品や遺伝子組み換え食品の急増は明らかです。輸入食品の9割以上が無検査のまま流通し、残留農薬基準違反でも消費されている驚くべき実態がある現状で、政府は「食の安全」を守れる保障を示せなかったではありませんか。
 日米2国間の交換文書で将来の保険制度の協議を約束し、国民皆保険制度が崩される危険があります。米国の製薬企業が薬価決定に影響を及ぼし、薬価が高止まりする懸念は否定できません。助け合いの精神ではじまった共済事業が民間保険との競争のもとで、制度の見直しが議題になる可能性も政府は認めました。きわめて重大です。

国内産業空洞化

  第三に、TPPの効果は、日本の企業の圧倒的多数を占める中小企業には恩恵が及ぶどころか取引先の多国籍企業による海外展開に付き合わされ、国内の産業空洞化がいっそうひどくなることです。
 政府は、技術力などをもった中小企業が「いなからにして海外へ展開」することの後押しになると言いますが、現在、海外展開している中小企業はO・9%にすぎず、9割は海外展開の必要性さえも感じていませ
ん。
   また、安い農林水産物の 輸入によって、農林漁業を 基幹産業とする地域では食 品加工や流通・運送などの中小企業に打撃が及ぶことは、火を見るより明らかではありませんか。
  第四は、多国籍企業や投資家が損害を受けたとして、投資先の国を訴えることができるISDS(投資 家対国家紛争解決)条項が盛り込まれていることです。
 質疑で明らかになったように、米国政府が訴えられても敗訴した事例は一つもないなど、米国とその多国籍企業に有利な仕組みとなっているのが実態です。最低賃金の引き上げや原発ゼロ政策などに対してまで訴えが起こされているのが世界の現実です。乱訴の歯止めとなる保障はまったくないばかりか、各国の経済主権が侵害されることは明白であり、断じて認められません。
 加えて重要なことは、政府自身が「生きた協定」と述べてきたように各種小委員会や規制の整合、TPP委員会などの仕組みによって、発効直後から、TPP協定そのものが変えられていくということです。政府は「国内の制度は変更を迫られない」とか「国益に反する再交渉はしない」などと述べてきましたが、何の保証にもなりません。TPPの本質は、あらゆる関税と非関税障壁の撤廃にあるからです。
 そのうえ、政府調達・公共事業、環境や労働にかかわる論点は審議さえもされていません。国民のくらしと命にかかわる問題について十分な審議をせず質疑を打ち切るというのでは、国民に問題点を明らかにすべき国会の責務を果たしたとは到底言えません。
 最後に、国民のくらしや命よりも多国籍企業の利益のために、日本の経済主権・食料主権を脅かすTPP協定は断じて認められません。いま世界では、行き過ぎた貿易至上主義に対する反対の声が沸き起こっています。各国の経済主権を尊重しながら民主的で秩序ある経済の発展をめざす、平等・互恵の貿易と投資のルールづくりこそ世界の流れです。日本が進むべき道は、TPPではありません。
 日本共産党は引き続き、TPP協定の全容と問題点を明らかにするとともに、国民の世論と運動と固く結んで批准を阻止する決意であることを表明して、反対討論を終わります。

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