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2016年5月17日 (火)

生き抜け 息子よ 自衛官の母 決意の絶縁と行動

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happy02 今朝の「しんぶん赤旗」のこの記事が胸に迫ってきました。紹介させていただきます。
(5月17日)

生き抜け 息子よ

  自衛官の母  決意の絶縁と行動
   安保関連法廃止をめざして

 東京・新宿駅前で全国のママが安保関連法廃止を訴えた「ママの新宿ジャック」(5日)。北海道千歳市の自衛官の母、平和子さん(50代、仮名)は安倍首相への手紙(別項)を読み上げ、子どもたちのためにともに立ち上がることをよびかけました。平さんにいまの思いを聞きました。 (染矢ゆう子)

平さん20代の次男が衛隊に入ったのは、前の勤め先の経営が傾き仕事を失ったためでした。
付き合っていた女性の家族に「仕事は公務員に」と勧められ、次男は自衛隊に入隊し、結婚。「当時は震災直後で、人助けもできるかなという思いもありました」と平さんは振り返ります。
 ところが安倍政権が憲法を踏みにじり、安保関連法を強行します。内戦状態の南スーダンに派遣されているPKOの交代で5月末に千歳・恵庭の部隊が行くと聞き、「まさか自分の息子が」といてもたってもいられなくなりました。
 平さんは「母はいないことにしなさい。私は、平和子と名乗ります」と話し、次男一家と絶縁することを決めました。
 「生きていればいつかは会えるからです」
 お別れの日は、銭湯に一緒に行き、孫2人への入学祝いと絶縁状を渡し、孫と次男のパートナーを抱きしめました。次男を抱きしめよう名前を呼んだとき、照れてその場を離れました。「それでよかったと思いました。日本を平和にしたといきに息子を抱きしめるという目標ができました」
  その1週間後の4月19日、安保関理法廃止などを訴える「市民の風・北 海道」の札幌駅前スタンディングに参加し、初めて街頭でマイクを握りました。
  「今、私たちはオセロゲームでいうと真っ黒なところに白が少しかもしれない。それでも命が大切なのよと声をかけるほど、白をどんどん広げられる」と前を見据えます。
  「私か声をあげることで息子が最前線に行かされるのでは、と心配する方がいます。逆だと思う。全員が戦地へ行かないようにやれるだけやりたい」

(注) 南スーダン

 面積は日本の約1.7倍。人口1200万人。20年以上に及ぶスーダン内戦が2005年に終結。 11年7月にスーダンから分離独立。」3年に内戦が始まり、何度も停戦合意が交わされますが履行されず、「武力紛争が継続」(15年11月23日の国連事務総長特別報告)しています。

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