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2015年5月23日 (土)

止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会  5月17日

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 戦後70年止めよう辺野古新基地建設 沖縄県民大会に参集された3万人の皆様に心から御礼申し上げます。ありがとうございます。

 今、司会のりなさんが紹介してくれましたように、沖縄戦を体験した私はどうしてもここで皆さんに思いをぶつけたいために参りました。よろしくお願いします。

 私は70年前の沖縄戦で陸軍の野戦病院で補助看護婦として傷病兵の看護にあたった一人ですが、当時、軍命によって県民総出でお国のためと軍事基地づくりをしたことが思い出されます。その結果、沖縄県はかけがいのない20万人余の尊い命を失い、大切な郷土の自然と文化遺産もすべて失って初めて戦争は人類にとって最も不幸な忌むべき行為だということを思い知らされました。

 
 私は沖縄戦で22名の白梅学徒の仲間を失いました。私の生涯の悲しみです。

 先の大戦の反省から戦後の日本は平和憲法の下、命と人権の平等そして不戦の誓いを掲げて歩んできたはずです。現政権は国民の命を守るためと称して74%もの膨大な米軍基地を抱えるこの沖縄に、またもや辺野古への新基地建設をごり押しに進めております。

 軍事基地は戦争につながるばかりでなく、人権侵害の最たるものであることは沖縄戦で得た教訓です。二度と沖縄が戦場になる危険を取り除かなければなりません。

 沖縄県民は昨年の名護市長選、県知事選、衆議院選挙の全てで辺野古基地建設反対の民意を示しました。それから基地の整理縮小、日米地位協定も改定に係わるたび重なる県民大会を持ちました。みなさん覚えておられますでしょう。それにもかかわらず、そういうことを無視して辺野古新基地をゴリ押しに進める政権。これでも民主主義国家ですか。なぜ米軍基地沖縄なんですか。私は日本国民のみなさんにこの理不尽さをわかっていただきたいと思います。

 私は凄惨な沖縄戦の記憶を長い間、封印してきました。語りませんでした。しかし平和逆行の不安な情勢を感じて、次世代の人々に私のような戦争のある人生を歩ませてはならないとの思いで20年ほど前から沖縄戦の語り部の活動を進めております。

 戦争を知らないみなさんに、基地が戦争に直結するということを伝えたいためなんです。軍事基地強化は抑止力ではなく、むしろ他国を刺激している現状をみなさんご存じでしょう。

 命どう宝(命こそ宝)です。

平和が一番です。ですけど、そのために武力を使わない。武力が伴わない平和が一番なんです。戦争を知らない皆さんどうぞわかってください。基地を強化して戦争がなくなるわけではありません。

 一昨日、祖国復帰43年の日を迎えましたが私たちの望んだ日ではありません。基地の集中で沖縄独自の発展が妨げられている今日です。現在も危険な劣悪な生活を余儀なくされています。

 本日の大会は日米両政府をはじめ全国民に、他の国の方々でも沖縄県民の思いを訴える大会です。すぐには結果を得られなくて、もねばり強く取り組んでまいりましょう。行動しなければ基地を黙認したことになります。要求解決までがんばることを私も決意しお話を終わります。ありがとうございました。

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5月17日(日)沖縄セルラースタジアムで開催された「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」が開催され3万5千人が結集しました。
 県民大会の発言の中から中山きく(86歳)さんのお話を紹介させていただきます。

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