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2015年4月27日 (月)

二十四の瞳 繰り返してはいけない戦争への道 4月27日

靖国の母がそんなにええの。お母さんはけっこうじゃ
なあ大吉、お母さんやっぱり大吉をただの人間になってもらいたいと思うな。命を大事にする普通の人間が

 「二十四の瞳」デジタル・リマスター版

 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

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二度と同じ過ちを繰り返してはならいという思いがふつふつと湧いてきました。

 4月20日(月)NHKBSプレミアムで見ました。
今回ほどあらためてじっくり見たという思いになったことはありません。それほど、すばらしい内容の映画だということではないでしょうか。
 私はデジタル・リマスターの意味を理解していませんでした。映画を見てから、調べて知りました。フィルムの映像をハードディスクに取り込んでデジタル化してコンピューターでフィルムについていた、色のあせ、汚れ、傷などを修正する作業をデジタルリマスターというのだそうです。おかげで、すばらしい鑑賞につながったのだろうと感謝しています。

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(1912年12月5日生まれ1998年12月30日没=静岡県生まれ)

「私はこれまで、つつましく生きる、庶民の情感を、映像を通して描いてきた。 木下恵介」という言葉に納得できました。
 壷井栄の原作ということもあると思いますが、戦争について気張らずに、すごく自然体で考えさせられる内容になっているのです。

 私が思ったことは、この映画が1954年制作という戦後間もなくの背景と白黒映画だということが、この映画にとって代わることのできない、不滅の名作になったのではないだろうかということでした。

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時は

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子どもたちと大石先生との最初で出会い ― こにくらしいほどの演出
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この名簿がこの映画で最後まで重要な意味を持っていました

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子どたちが作った落とし穴に落ちて骨折
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見舞いにやってきて、歩き疲れた子どもたちとバスでいっしょに
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この映画のメインとなる「二十四の瞳」の記念写真


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子どもたちは5年生になって本校へ・・・・

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松江のお母さんが亡くなり子守りをしなければ・・・アルマイトの弁当箱を大石先生が松江に贈る。

〝赤〟事件が

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不本意ながら「草の實」を燃やす

授業で子どもたちに質問を

「赤って知ってる人」

「資本家は・・労働者は・・」

校長から厳しく注意される

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金毘羅さまへの修学旅行で教え子の松江と再会・・・

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富士子の悩みに寄り添う・・・

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男の子5人と語り合う

 
ぼくは中学へ行くんだ

ぼくは高等科行って卒業したら兵隊に行くんやで

なあ先生、ぼく、兵隊に行ったら下士官になって曹長ぐらいになるから

下士官になるの

下士官、月給もらえるもん。

ぼくだって大学出て兵隊に行けばすぐ少尉じゃ

そんなえばるんじゃねえ。おれだって試験なければ中学いくは

どうしてそんなに軍人になりたいの

ぼくは跡取りじゃないもん。それに漁師よりよっぽど下士官の方がええもん

ぼくは跡取りじゃけんど、ぼくだって軍人の方が米屋よりええもん

そうね。ようく考えなさいね

先生、軍人好かんの

ううん、好かんことないけど。でも漁師や米屋の方が好き。

先生だらしないんじゃ

そう。先生よわ虫。

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大石先生が選んだ道は、教え子たちの卒業といっしょに教職を去ることだった

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磯吉と竹一が訪ねてくる

磯吉さん鳥打帽子なんか持ってなあに
ぼく高等科行くのやめたんです。先生ながながお世話になりました。そんならごきげんよろしゅう。明日の晩大阪に奉公に行きます。学校は主人が夜学にやってくれます。
急に決まった。
はい
何屋さん
質屋です

竹一さんの中学はいつから
あさってです

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昭和12年、盧溝橋事件で中国への全面侵略戦争に

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それから8年後・・・

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肺病で一人にされてしまったコトエを見舞い他の女史との話もし生きることを励ます

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大石家にも船員の夫に召集が
子どもたちはおかまいなく元気に軍歌を歌い跳ねまわる

(お母さん)
お酒でもつけようかの

(大石先生)

お母さん、お酒でもつけてお祝いでもするつもりなの

そんなこと言ったってお前

病気だから休暇で帰ってるじゃない。まだ本当じゃないのに。

(夫)
いいよ、いいよ、お母さん1本つけてください。戦争じゃしかたないもんな

(大石先生)
大吉少し静かにしなさい。ばかかしら、人の気持ちも知らずに

(夫)
いいじゃないか子どもがはしゃいだって。おいお父さんのところにおいで。おまえらまで、めそめそしてたらお父さんも助からんよ、なあ。大きくなれよ。
元気で大きくなって、おばあちゃんお母さんを大事にしてあげるんだ。なあ。お父ちゃんこれから戦争に行くんだ。歌って歌って・・・

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教え子5人も戦地に・・・
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― 大石先生と大吉 ―

ぼく早く中学生になりたいな。そしたら志願できるんだけどな。

大吉はそんなに戦死したいの。お母さんが一生懸命に育ててきたのに、お母さんが毎日泣きの涙で暮らしてもええの

そしたらお母さん靖国の母になれるじゃないか

靖国の母がそんなにええの。お母さんはけっこうじゃ

なあ大吉、お母さんやっぱり大吉をただの人間になってもらいたいと思うな。命を大事にする普通の人間が

そんなこと言うお母さん、よそには一人もおらん

口で言わないだけじゃ。 みんな心じゃそう思っとう

学校の先生もそんなこと言わん

だから、お母さん先生やめたんじゃ

いくじなしじゃ、いくじなしじゃ

いくじなしでもいい、だれに認めてもらわんでもいい。思い出すのはヤシの香りだけじゃ

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軍部の無謀な特攻作戦で若い命が奪われていった
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戦死者が増えるばかり・・・
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 そんな中、大石家にも夫の戦死通報が

大吉、お父さん死んだんよ。通知がきたんや。お母さん走ってきた。しっかりしようね。本当にしっかりしてよ大吉。いいね。いいね。

8月15日 敗戦

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玉音放送 ポツダム宣言受け入れ

お母さん戦争負けたんやで。ラジオ聞いたん。

聞いたよ。でもとにかく戦争がすんでよかったじゃないの。もうこれから戦死する人いないもの。生きてる人は戻ってくる。

お母さん嬉しいん

ばか言わんと。大吉はどうなんじゃ。
うちのお父さん戦死したんじゃないか。もう戻ってこんのよ。

お母さん泣かんの、負けても

お母さん泣いたん。死んだ人がかいわいそうで、ううんと泣いた

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大石先生の娘が空腹で青柿を食べて亡くなる

昭和21年4月4日 大石先生が岬の文教所で教職に復帰

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かつての教え子で今は亡きコトエの妹、松江の娘も生徒で・・・
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戦死した教え子の墓参り

Photo

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この映像には撮影秘話があり、木下監督はチョウが舞うのを待ったそうです。注意するとわかるのですが、大石先生の足に白い白点のようなものがチョウです。
大きな声出して、大きな身体をして罪のない子じゃった。修学旅行の時、大きな服着て大きな運動靴はいて・・・・」

大石先生の教職復帰を祝って同級会が
みなそれぞれの万感の思いを胸に7人が


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先生、松江です

本当によう来てくれたわね。ねえ松ちゃん本当によく

ミサ子さんから手紙もらいましてな。こんな時外したらもう一生仲間はずれだと思ったから恥も外聞もかなぐり捨てて飛んできました。先生堪忍して下さい。

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私たちの贈り物。先生がまた岬の文教所にきて下さったお礼。
自転車が床の間に)

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先生しばらくでした

5年ぶりよ

そうでしたなあ。こんなざまになりまして(磯吉-ソンキ)

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先生、私にも見せて下さい。(磯吉)

そうだ、ソンキ(磯吉)にも見せてやらんきゃ。まるで見えてるようじゃな

うん、この写真はな、見えるんじゃ(磯吉)
真ん中のこれが先生だろ。その前にわしとタケイチとニタが並んでおる。先生の右のこれがマヨちゃんでこっちが富士子じゃ。

大石先生が雨の中を自転車で岬の文教所へ

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