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2015年3月 5日 (木)

「二度と騙されないようにしよう」 望郷の鐘から 3月5日

映画「山本慈昭 望郷の鐘 
    満蒙開拓団の落日」を鑑賞

 

 画像画面をクリックすると大きくして見れます。

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1932年、日本は中国を侵略し

儡(かいらい)国家「満州国」を建国。

日本人は最も多い時で軍人・軍属を含めると205万人に。

 満蒙開拓団は、およそ27万人にのぼりました。

最も多いのが長野県で3万3000人。

 満蒙開拓団は8万数千人が亡くなったといわれます。(27万人中)

長野県阿智村では故郷に帰りついた人は、総勢250名の内わずか10名だった。

映画の冒頭で、山本慈昭が語りかけました。

「国に尽くしたことで加害者になり(中国人に対し)国家の政策に純粋に協力しただけといっても、この事実は1人ひとりが責任を問われることになる。国家につくした日本国民は加害者であって被害者であったんです」


 先日、「しんぶん赤旗」で「望郷の鐘」の原作者和田登さんの一文で、当時、国の「満蒙政策」に対し、反対を貫いた大下條村(おおしもじょうむら)(現阿南町)の佐々木忠綱村長、平岡村(現天竜村)の熊谷長三郎村長、木島村(現飯山市)の佐藤副次村長がいたということを知り感銘し、映画を観ることを楽しみにしていました。
 映画全体が私の願いに応えてくれるすばらしい内容でした。

 満州で、朝礼?で「君が代」を歌いだしたのですが、それが「ふるさと」の歌に代わっていった場面は印象的でした。「君が代」の卒業式、入学式での押し付けは許してはならないと思いました。
 映画が終わるまで「ふるさと」がバックで流れていたのもすばらしいことでした。

山本慈昭が訴えます

「肉親をさがしてくださいと、我々の元に手紙が来ています。

その数、ついに200数十通、304人に及んでいます。

私はこの手紙を読んでいると涙が止まりません。

中国に残された日本人が祖国に二度も捨てられるなどということはやめさせようではありませんか。どうかこの孤児からの手紙のことを考えていただきたい。

 戦争というものは、どういうものかを知らない人には知ってもらいたい。

 忘れてしまっている人には思いだしてもらいたい

私は今、それがあの悲惨な戦争を再び繰り返さないために、最も重要なことだと信じています。

 みなさんどうか孤児からの手紙のことを考えてみてください」

山本慈昭さんは坊さんであると同時に先生でした。
私の小学校、中学校でも坊さんの先生が何人かいました。

 当時、高校教師だった宮田清治さんは、教え子を満蒙の義勇軍に送りだしたことを今も悔やみ葛藤しています。(証言 それぞれの記憶から)

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 阿智村の満蒙開拓平和祈念館からの発信

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