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2014年6月24日 (火)

姨捨山伝説・姨捨(おばすて)の棚田を歩く  6月16日

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 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

「信濃の国」の歌の四番に

 くる人多き筑摩の湯  月の名にたつ姨捨山

      しるき名所と風雅士が  詩歌に詠みてぞ伝えたる

と姨捨が紹介されていて、子どもの時から歌い続けてきました。けれども、「信濃の国」で紹介されている名所の多くに行ったことが無く、機会があれば行ってみたいと思ってきました。今回、機会に恵まれ楽しい一日を姨捨で過ごすことができました。

 戸倉上山田温泉に前泊し、翌朝、JR姨捨駅まで送ってもらい、ゆっくりと姨捨の棚田を歩くことができました。
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(姨捨駅舎)


姨捨駅 → 大池踏切 → 長楽寺 → 姪石 →

    棚田 → 一本松踏切 → 姨捨駅


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(もやっとしていましたが、眼下に千曲川の流れと街並みがきれいでした)
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(お地蔵さまや石碑がいくつもありました)
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(1805年(文化2年に埼玉県毛呂山から月を観にきたようです)

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(姨捨十三景を眺めるための展望台でした=長楽寺の一部?)
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(大きな千曲市の指定天然記念物の桂の木があり、棚田をふくめすばらしい展望)
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(長楽寺に着いてみたら、先ほどの展望の岩場が頭上高く見えました)

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 境内にはいくつもの句碑などがならんでいました。
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(松尾芭蕉が1688年(元禄元年)45歳で姨捨を尋ね更科紀行の中で、上記の俳句を掲載しています。芭蕉翁面影塚があります)

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(長楽寺全景)
 ここで嬉しいことがありました。大阪の女性で、長野県で姑をみとってから、ごほうびにと長野県の名所を巡りはじめ、姨捨には今年2回目の訪問だそうでした。その女性いわく「わたし長野県大好きに」!!

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(逆光でお地蔵さまが見えました。ここが姪石でした)

 ここで2人の女性が田んぼに入り作業をしていたので声をかけると、棚田のオーナーで長野市からやって来て作業中でした。こうしたオーナー制度にも支えられて棚田の景観が守られていることを感じました。
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(オーナー制度の管理番号と名前が書かれていました)

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(お地蔵さまの正面に回りました)
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(山の上の方に広がっている棚田を実感します)
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(この写真にはリンゴ園が写っています=長野県ならではの風景)
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(姨捨駅がよく見える場所がありました)

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(眼下に街並みと棚田で道路は整備されていました)
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(棚田を歩いていて、水の流れや虫、鳥の音などが聞こえました)
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(名月の里 棚田 発祥の地の記念碑がありました)
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 一本松踏切に向かって急坂を登ったところで草取り機を使って農作業をしている方がいました。子どもの頃に、押した記憶がある草取り機なので懐かしくなり声をかけ写真を撮らせてもらいました。この方は棚田に3枚の田んぼを持っているそうです。写真を注意して見てもらうとわかりますが、右側にコンクリー塀がみえますが、棚田の一番上の田んぼになります。

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 姨捨駅に戻ってから駅舎内の「おばすて」ガイドを聞いて理解を深めました。

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