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2011年6月 1日 (水)

5月30日、最高裁の「君が代」判決は納得できない

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない
              「憲法19条」

「今回の法制化にあたり、義務づけを行うことは考えておらず、国民の生活に何ら影響や変化が生ずることにならない」(1999年、小渕首相の国会答弁)

 5月30日、最高裁小法廷は、卒業式の「君が代」斉唱で起立しなかったことを理由に定年後の再雇用を拒否されたのは不当だと、東京都に損害賠償を求めていた元高校教師の
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(判決後、記者会見に臨んだ申谷雄二さんたち)
申谷(さるや)雄二さんに、起立や斉唱を命じた校長の職務命令を「合憲」と判断し、申谷さんの上告を棄却しました。これで申谷さんの請求を退けた二審判決が確定しました。
勇気を持って裁判闘争をしてきた申谷雄二さんが判決後、「憲法に認められた範囲の、静かな抵抗思って起立しなかったのですが・・・・」と悔しさをにじませていたそうですが、私たちに代わってたたかっていただいてありがとうございました。

判決を聞いてどうしても許せません
思想・良心・信条は人間100人いれば様々に違いがある精神活動であり、力や法律で縛りつけるものではないと思うのです。だからこそ、憲法9条でも侵してはならないと明確にしているのだと思います。

「長い物には巻かれよ」でいいのだろうか

どうしても、心配になります。
日の丸掲揚、君が代斉唱だけでなく、何も人に危害も与えないビラを配布しただけで逮捕され罰せられる。こんなのって間違っていると思いませんか。
 誇大でなく、このまま行くと戦前のように、がんじがらめに、自分の考えを何も言えない社会に変わっていってしまのでは。閉塞感に覆われた社会になっていってしまうのでは。

「国旗及び国歌に関する法律」から現在へ

今回の最高裁判決がきっかけで、法律をたどってみたら、「国旗及び国歌に関する法律」が1999年7月22日に衆議院で8月9日に参議院で可決され8月13日付で発効していました。
 国旗は日章旗とする、国歌は君が代とすると決め、日章旗の制式と君が代の歌詞と楽曲を決めている法律です。
 この法案審議の過程で国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません(小渕首相答弁)と繰り返し答弁しています。
法律そのものには強制はなにもないのですが、学習指導要領の改定で

入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と学校教育の場に押しつけが強まりました。
 それが、一番激しく表れたのが東京都で、教育委員会の通達を「職務命令」として強制し、教育現場に混乱を生み、いちじるしく思想・良心の自由を侵しています。
 大阪では橋下府知事と大阪維新の会が
「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」を制定しようとし、成立すれば違反者を罰する条例も作ろうとしており、反対運動が広がっています。

 判決後の新聞報道に注目しましたが、リード部だけ紹介すると次のようになっていました。
「読売新聞」の社説はちょっと問題で、判決内容を全面的に見ていなくてマスメディアとしては失格ではないでしょうか。


「朝日新聞」   君が代起立命令合憲  最高裁の判断
「毎日新聞」   君が代起立判決  現場での運用は柔軟に
「東京新聞」   君が代 少数者の「心」も大事に
「産経新聞」   「非常に残念」 原告側は敗訴判決に硬い表情
「読売新聞」   君が代起立命令  最高裁の「合憲」判断は当然だ
「しんぶん赤旗」 君が代不当判決  起立拒んだ元教諭が敗訴

「朝日新聞」の6月1日の社説欄が、私の言いたいことが全面的ではないけれど、言い表されていて救いでした。
抑えつけようとする者がいるかぎり、よりよい社会を願う国民の意思とは相いれず、闘いは絶えずに広がると思うのです。

「朝日新聞」の記事を紹介します。

君が代判決
司法の務め尽くしたのか

最高裁の裁判官は、多数決で決まる法廷意見とは別に、個別意見を表明することができる。
結論に反対する内容ではなくても、蜃大公約数である法廷意見の足りない点を補い、意のあるところを説くことで、判決をめぐる議論と理解は深まる。
 卒業式などの君が代斉唱の際、都立学校の校長が教員に起立斉唱を命じても、思想・良心の自由を保障する憲法に違反しない― そう述べた判決にも長文の補足意見がついた。
 「不利益処分を伴う強制が、教育現場を疑心暗鬼とさせ萎縮させることがあれば、、教育の生命が失われる」「強制や不利益処分は可能な限り謙抑的であるべきだ」(須藤正彦裁判長)。
 「国旗・国歌が強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが重要だ」(千葉勝美裁判官)。
 いずれも私たちが繰り返し主張してきたことと重なる。法廷意見も、職務命令が思想・良心の自由の間接的な制約になると認めた。そのうえで、良年の慣例や式典の意義、公務員の立場などを考えれば、そうした制約も許され得るとしている。
 手放し、無条件の合憲判断ではないことに留意しよう。教育行政に携わる人、そして起立条例案の採決が迫る大阪府議会の関係者は、判決の趣旨をしっかり理解してほしい。
 一方で、最高裁の姿勢には疑念と失望を禁じ得ない。
 原告の元教員は1度だけ起立を拒み、戒告処分を受けた。その後は現場を混乱させたくないとの思いで命令に従つなが、定年後の再雇用を認められなかった。ところが、別の理由で停職や減給などもっと重い処分を受けた教員は採用された。

 一審の東京地裁は扱いの不均衡を踏まえ、裁量権の乱用があったとしたが、最高裁は職務命令と憲法の関係のみを論じ、不採用の当否は判断しなかった。
結果として、原告が逆転敗訴した二審判決が確定した。
 最高裁にその思いがあれば審理できるにもかかわらず、そしてそれに値する重要な問題であるのに、あえて避けたとしか思えない。このようなケースにすら救いの手を伸べず、ただ判決文の中で「慎重な配慮」を求めても説得力に欠けよう。
 多数者の意向や勢いに流されず、少数者を保護する。それが司法の大切な使命だ。とりわけ思想、良心、表現、信教など精神的自由に関する分野では、厳格なチェックが求められる。
 裁判所がその職務を放棄したとき、私たちの社会は多様性を失い、やがて色あせていく。

     

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