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2011年6月11日 (土)

国指定史跡 吉見百穴  5月14日

~ いまも息づく古代の香り 横穴墓群 ~

 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 吉見百穴は埼玉県比企郡吉見町に在ります。
昔から吉見百穴のことは横穴墓の写真とセットで知っていました。
最近、に出かけることが多くなって近くを通るようになっていましたので、Img_5063いつか寄ってみようとは思っていました。
   吉見百穴にはヒカリゴケが自生していることで知られている面もあります。
私は、古墳群よりもヒカリゴケの方に関心が強かったので、電話で「ヒカリゴケを見るのに一番いい時期はいつでしょうか」と問い合わせをし、「6月の梅雨時が一番ですよ」と教えてもらっていました。
 ちょっと早かったのですが、下見のつもりで5月14日に思いついて出かけました。

百穴の古墳群前に立って驚き
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百穴の前に立って、なによりも驚きました。
想像していたのとは違い、規模の大きさとバランスよく並ぶ横穴墓が際立っていて、古代の人々の姿が浮かんでくるようにさえ思えました。

アジア太平洋戦争末期に地下軍需工場跡Img_5095
(地下軍需工場跡地への入り口)
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(地下軍需工場跡地)

1944年、45年にかけて吉見百穴の地域に巨大な地下軍需工場が造られその跡が公開されています。この事にも驚きましたが、長野県松代の大本営跡のことが頭に浮かびました。

最初の軽い気持ちから、熱心に遺跡を巡って歩きました

● 吉見百穴は古墳時代末期(6世紀末~7世紀末)に造られた
● この地域の岩質が凝灰岩砂岩で比較的に掘削に適していた
● この時代に大陸から横穴式の石室構造が伝来し、一つの古墳に複数の死者を葬る「追葬」を行うようになった
● 吉見百穴に葬られた人たちは「豪族」「渡来人」といった当時の社会で特殊の集団でした。
● 横穴墓の入り口には「緑泥片岩」と呼ばれる石の蓋がされ、
再葬が可能に
● 横穴墓の種類は数種類。
共通点は死者を安置する場所が造られていること
● 現在219個の横穴が数えられています

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(古墳群の中腹で写しました)
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(横穴墓への入り口)
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(横穴墓への入り口)
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(横穴墓から出てくる人)
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(入り口から中を覗きました)
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(横穴墓の中 ― 棺を置いた右側)
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(横穴墓の中 ― 棺を置いた左側)

古代と現代を繋ぐ

 横穴墓に自由に入れるので、何か所で横穴墓に入りました。内壁に落書きがされている墓もいくつかありました。(落書きは現近代の物)
そこに、たたずんでいると、古代の息づかいが伝わってくるように思われ、古代に戻ったような感じになりました。

学生たちが熱心に
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(研究に来ていた学生たち)
 訪れている人たちに学生が多かったので、なにか嬉しくなりました。埼玉大学と東京学芸大の学生が古代史の研究でしょうか。教授らしき人の説明を聞きながら熱心に見て歩いていました。
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(横穴墓がバランスよく並びます)
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(この横穴墓は少し小さめな感じがします)
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(横穴墓群と降りてくる人たち)
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(横穴墓群とヒカリゴケ案内看板)







 

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