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2011年2月 1日 (火)

「もずが枯れ木で」は厭戦歌だった  2月1日


もずが枯れ木で


 写真の画面をクリックすると大きくして見れます

作詞:サトウハチロー
作曲:徳富 繁

1 もずが枯木で鳴いている
  おいらは藁(わら)をたたいてる
  綿ひき車はお婆さん
  コットン水車もまわってる
Img_85551

2 みんな去年と同じだよ
  けれども足りねえものがある
  兄(あん)さの薪割る音がねえ
  バッサリ薪割る音がねえ

3 兄さは満州へ行っただよ
  鉄砲が涙で光っただ
  もずよ寒いと鳴くがよい
  兄さはもっと寒いだろ


 1月29日に久しぶりに内牧の黒沼に野鳥に会うために出かけました。
この日、私にとってはすばらしい事がいくつか有りました。
その内容は追い追い紹介したいと思いますが、きょうは「モズ」について紹介します。

  もず・モズ・百舌

 29日に初めてモズとわかる写真を撮ることができました。
写真を撮っていて、図鑑で見ていた「モズだ」と確信でき嬉しくなり、なんとなく「もずが枯れ木で」の歌を口ずさんでいたのです。
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 (木の枝に止まったモズ)
Img_8539
 (蓮沼の枯れ枝に止まったモズ) 
 今日、改めて歌詞を口ずさむときちっとは歌えません。
それでネット検索して上記の歌詞を認識したのでした。
偶然なのですが、二木紘三さんのホームページでこの歌の歌詞がサトウハチロウが書き、茨城県の徳富繁さんが作曲したことを知りました。
 この歌が1935年に作られていて、日本の軍国主義が中国への本格的戦争を拡大していた時期でした。この歌の3番の歌詞はまさに厭戦の詩だと思うのです。よくこんな歌が戦時中の検閲を潜り抜けたものだと不思議に思うのです。戦後の歌声運動の中でも歌われていたそうですが、私はどこで覚えたのでしょうか?記憶が定かでありません。
 私は正確には理解していないのですが、サトウハチロウは戦争に協力する詩を作った人とばかり思っていました。
 そうとばかりは言えない面を持っている人のようだということを二木さんの研究文書を読んで知り驚いたのです。

 詳しくは二木紘三さんのホームページをご覧ください。
httpここをクリックして://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/03/post_0945.html

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