« 沖縄慰霊の日に思う   6月23日 | トップページ | 内牧黒沼公園      6月23日 »

2010年6月24日 (木)

沖縄慰霊式典と安保条約発効50年   6月23日

 「変 え て い く」   詩を朗読
普天間高校3年生  名嘉 司央里さん

 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 今年の沖縄慰霊の日は、日米安保条約発効50年の年に重なりました。
NHKで沖縄慰霊式典の模様をリアルタイムで放映しましたが全部を視聴しました。
Uvs100623014
式典の模様を見ながら、2006年に夫婦で慰霊式典に参加した時の事を思い出しました。私 自身が式典の内容で納得できたのは、那覇商業高校3年生の池彩夏Uvs100623036さんの「若い瞳」という詩の朗読でした。他のあいさつなどには到底容認できない内容がいくつもありました。

  今年の式典でも
文句なく納得できたのは普天間高校3年生の名嘉司央里(しか・しおり)さんが朗読した「変えていく」でした。
 高校生がここでも沖縄の前向きな前進に大きな役割を果たしていると改めて思いました。

   謝るの国民ではなく政府

仲井眞知事でさえ安保条約発効50年にふれたのに、菅首相のあいさつには、頭越しに決めた日米合意にもふれられず、慰霊の日に、少しでも沖縄県民に取り繕うとしているようにさえ思いました。
Uvs100623029
 菅首相は、「米軍基地の大きな負担をお願いしてきたことに、国民を代表しておわびいたします」ともあいさつしましたが、「菅さん ちょっと待って下さい-国民はそんなことお願いしてませんよ。謝るのは国民でなく政府でしょう。沖縄県民に痛苦と負担を強いてきたのは歴代政府の責任ではないですか。ちがいますか。国民に責任を転嫁しないでください。これでは、『政治を変える』と政権につきながら、自民党政権と何も変わらないではありませんか」



    変  え  て  い  く 
   
           名嘉司央里(なかしおり)
                    普天間高校3年

今日もまたはじまる
いつもの日常
Uvs100623024当たり前に食事をして
当たり前に好きなことを学んで
当たり前に安心して眠りにつく
そんな普通の一日

今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に基地があって
当たり前にヘリが飛んでいて
当たり前に爆弾実験が行われている
そんな普通の一日?

一見「平和」に思えるこの小さな島
そこにいつの間にか当たり前ではない
当たり前であってはならないものが
入り込んでしまっていた

普通なら受け入れられない現実も
当たり前に受け入れてしまっていた
これで本当にいいのだろうか?

平凡な幸せを感じながら
ただただ「平和」を望む今
簡単にこの違和感を
無視していいのだろうか?

黒いたくさんの礎(いしじ)
刻まれるたくさんの名前
そこで思い知る
戦争が残した傷跡の大きさ深さ
何も幸せなど生まれなかった
何も手に入れられたものなど無かった
すべて失ったものばかりだった

忘れてはならない
この島であった悲しい記憶
目を背けてはならない
悲しい負の遺産
それを負から正に変えてゆく
それがこの遺産を背負い生きてゆく
私達にできること

変えてゆくのは難しい
しかし一人一人が心から
負である「戦争」を忌み嫌い
正である「平和」を深く愛する
そんな世界になれば
きっと正の連鎖がはじまるはずだ

六月二十三日 慰霊の日
あの黒いたくさんの礎には
たくさんの人々が訪れる
そして その一つ一つの名前に触れ
涙を浮かべながら語りかける

「今年も会いにきたよ」と
手を合わせ目を瞑り祈りを捧げる
その訪れた人々に
「平和」を願わないものはいない

「一度あった事は二度ある」
そんな言葉を聞いた事がある
しかし こんな悲惨な出来事は
もう繰り返してはならない
だから・・・
「一度あった事は二度とない」に
変えてゆこう 平和で塗りつぶしていこう

その想いはきっと届いているはずだから

            
            2010年沖縄慰霊式典で朗読

 

|

« 沖縄慰霊の日に思う   6月23日 | トップページ | 内牧黒沼公園      6月23日 »

戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄慰霊式典と安保条約発効50年   6月23日:

« 沖縄慰霊の日に思う   6月23日 | トップページ | 内牧黒沼公園      6月23日 »