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2010年5月30日 (日)

下洲海岸浜辺一面にハマヒルガオ   5月28日

    富津岬の下洲海岸
浜辺一面にピンクのハマヒルガオ

 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。

 昔、新潟県柏崎海岸で群生するハマヒルガオを見て以来ハマヒルガオが好きになり、近くの海岸でも見れないだろうかと思うようになっていました。
  ハマヒルガオの再生運動があちこちで
 ネットで調べ千葉県、茨城県でハマヒルガオの自生地を見つけることができました。
Img_2426 そして、驚いたことは、共通して海岸の産業中心の開発と、車や人の立ち入りによって環境がくずされ、ハマヒルガオが消滅傾向にあることでした。
 そうした自然環境の破壊に危機感を持った人たちが、各地でハマヒルガオの「保存会」や「守る会」を立ち上げ運動していることを知り嬉しくなりました。

    千葉県富津市富津岬を訪ねました
 今回は富津市富津岬を訪ねることにしました。電車で内房線の青堀駅で下車しバスで富津Img_2547 公園まで行きました。行くまで富津公園が県立の公園であることを知りませんでしたが、大きな自然公園でした。富津岬は東京湾の入り口に位置し飛び出ている岬であることも現地に行ってから改めて認識しました。
    通りがかりの男性が「私が案内しましょう」
 富津公園に着いたのですが、どこに行けばハマヒルガオを見れるのか皆目わからず不安になり、何人にも聞きました。自転車でやってきた男性に声をかけ「ハマヒルガオはどこに行Img_2646 
(東京湾要塞の跡が公園に整備されている)
けばみれるんでしょうか」と尋ねると「私が案内しましょう」と気軽に海岸まで案内してくれました。出会いのすばらしさを感じ嬉しくなりました。
 「家が近くで帰る途中だったんで」と自転車を引っ張りながらいっしょに歩きました。東京生まれの1年早い先輩でした。道すがら、戦争が終わるまで富津岬にあった「東京湾要塞元洲堡塁砲台」跡についても教えてくれました。

     防風林を抜けると浜辺
 防風林を抜けると海と浜辺が広がってきて、ピンク色したハマヒルガオが目に入ってきました。この浜辺の名は下洲海岸だと教えてもらいました。道案内してくれた方には帰りの行きImg_2406 方も聞いてお礼を言って別れました。
 もし、あの方に会わなかったらハマヒルガオをみつけるまでに苦労したのではないでしょうか。「地元の人との出会いは一番いいなあ」と感謝の気持ちでいっぱいです。
     浜一面にピンク色したハマヒルガオ
 約1キロぐらいの浜辺にはハマヒルガオが一面にピンク色した花を咲かせていました。何人かの方がハマヒルガオの写真を撮りにきていました。私は集中して写真を撮りました。
Img_2326

Img_2612

Img_2622   下洲海岸でもハマヒルガオとハマボウフウが一時期激減したそうです。これではいけないと海岸のごみ拾いを毎年続け、浜への車の乗り入れを厳しく制限してようやく見れるようになってきたそうです。
Img_2640  1ヶ所のみでしたが、小さな案内標識が立てられ「踏まないで」と書いてありました。
蜜を集めに蜂もやってきていました。ハマボウフウはごぼうに似た海浜植物ですが乱穫で激減しているそうですが、数ヶ所で見ることができました。

      しばらく海を眺めました
 写真を撮り終わり、おにぎりを食べてから、しばらく海を眺めました。
この海は東京湾の入り口で浦賀水道だということも後で知りました。
Img_2563 潮風と波の音を聞きながら様々な波の姿を眺めていると生き返ったような気分になり、元気に帰路につくことができました。

 httpここをクリックするとアルバムへ://urano.cocolog-nifty.com/photos/hamahirugao/index.html

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