春日部市指定有形文化財 「やじま橋」 2月5日
1737年-江戸時代(元文2年)に造られた石橋
粕壁と岩槻を結んでいた やじま橋 写真の画面をクリックすると大きくして見れます。
やじま橋については一度投稿したことがありますが、久しぶりに古隅田公園を歩いた際にあらためて写真を撮りました。投稿記事は無くなっているので投稿することにしました。
やじま橋は古隅田川に架けられていた橋で、1984年3月の改修工事の際に、古隅田公園に移設され保存されるようになり、1985年2月26日に春日部市の指定有形文化財に指定されました。石橋としては埼玉県内で最古の一つとされています。
公園の説明板を参考にして紹介します
や じ ま 橋
この橋は春日部市の南中曽根とさいたま市岩槻区小溝の間を流れる古隅田川(俗に逆川(さかさがわ)とも言う)に架けられていた橋です。
1984年3月の河川改修工事の際に現在の場所(南中曽根)に移設されました。
この橋は1737年(江戸時代の元文2年)に構築された埼玉県内で最も古い石橋の一つとされています。
江戸時代この春日部市豊春地区は岩槻領に属しており、特に粕壁から岩槻に通じる唯一の道になっていたので人馬の往来も多く、藩政上きわめて重要な役割を持っていたようです。
この橋が今日まで当時の姿をそのまま残していることから堅個な設計と高度な技術によって完成されたことがわかります。
この橋に使われている石材は安山岩類の新小松石で、(俗に真鶴(まなづる)小松とも呼ばれる)産地は神奈川県真鶴地方で、この石は江戸時代広く土木建築面で利用され、特に江戸城構築時の石垣などとして使用されていてことから、御用石とも呼ばれていました。
この橋には18枚の長方形の大石が使われていて、その1枚に「元文二巳歳 永井氏のため志 鶴のハシタテ亀のカウラン」の銘文が発見されています。
永井氏とは信州飯山城主を経て1711年(正徳元年)岩槻城主となった永井直敬(なおひろ)をはじめとして、3代にわたり禄高3万2千石で45年間、岩槻城主をつとめた永井氏のことです。永井氏は1756年(宝暦6年)に愛知県の美濃加納城主に転じています。
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