« 長野県佐久市望月を訪ねて 歴史と書道 9月23日 | トップページ | 長野県立科町 古刹の津金寺を訪ねて  9月23日 »

2009年9月29日 (火)

佐久市望月で石仏と道祖神に出会いました 9月23日

   街をちょっとまわっただけで
  いくつもの石仏と道祖神に出会いました

 写真の画面をクリックすると大きく見れます。

 上田に出かける前の晩に望月についてインターネットで調べました。
その中で気づいたことがありました。それは、望月には多くの石仏と道祖神があるということでした。
    望月は石仏の宝庫だそうです
 長野県には安曇野や別所に双体の道祖神があることを以前から知っていましたが、望月に道祖神や石仏があることは全く知りませんでした。家に帰ってから調べたのですが、江戸Img_5917 時代の元禄から幕末までに140基の双体道祖神、文学碑道祖神、祠型道祖神があるそうです。そして、鎌倉時代から今日まで約750年間に3000体をこえる石仏が建立されていて望月は石仏の宝庫といわれているそうです。
 上田に帰ったら機会をみつけて別所野倉の道祖神を訪ねてみようと考えていたので、望月に行ったら必ず道祖神を見ようと決意をして出かけました。

 兄の案内予定の中には石仏や道祖神は入っていませんでした。しかし、望月に向かう車中から道路脇の道祖神をいくつか目撃しました。Img_5871 望月の歴史民俗資料館につくと、その入口には2体の道祖神が設置されていました。
 昼食で入った店で「この近くに道祖神はありませんか」と聞いたところ、奥さんが「よくわからないけれど、これを見て下さい」とパンフレットを渡してくれました。「この近くの城光院に行けば石仏がありますよ」と教えてくれました。
     常光院の石仏
 さっそく常光院に行ってみると、由緒ありそうなお寺で昔この地を支配していた望月氏のお寺のようでした。山門を入るとすぐ左に「常Img_5935 光院の石造庚申塔」と書いた標識が立っていて、たくさんの石仏がありました。私にわかっただけでも、江戸時代の「延宝」(1688年代)「天明」(1781年代)の年号が刻まれた石仏がありました。
     街の辻に道祖神
 兄も思いだしたようで車を走らせ街角の道祖神を見つけました。Img_5940 風雨にさらされて双体の道祖神が削り込まれていました。

 次の場所では教育委員会の説明書きが立っていました「IMG_5951.jpg」をダウンロード 。この道祖神は安曇系道祖神とのことで、くっきりと双体が明確で、そのImg_5949 脇には崩れかけた道祖神がありました。廻りには萩が咲いて秋を感じさせました。

 兄嫁の生家の近くにも古い双体の道祖神があり、望月は石仏のImg_5956 宝庫ということを実感しました。

 私は双体の道祖神を見るのは初めてで、写真を撮っていても胸躍る気持ちでいっぱいになり、子どもの頃に道祖神祭りで楽しんだことを思い出しました。

|

« 長野県佐久市望月を訪ねて 歴史と書道 9月23日 | トップページ | 長野県立科町 古刹の津金寺を訪ねて  9月23日 »

人と自然を写真に」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 佐久市望月で石仏と道祖神に出会いました 9月23日:

« 長野県佐久市望月を訪ねて 歴史と書道 9月23日 | トップページ | 長野県立科町 古刹の津金寺を訪ねて  9月23日 »